2009-01-15

Yakışıklı Türk Restoranı

2009.01.15

 きのうのお昼、大阪・福島にある、トルコ料理店イスタンブル・ハネダンに行ってきました。

 昨年10月にオープンした、と聞いたときから、ずっと行きたい行きたいと思っていたのですが、念願かなって遂に! このお店は、大阪・四ツ橋にあるトルコ料理店イスタンブール・コナックのオーナーのいとこたちが始めたお店。JR福島駅からなにわ筋を北(淀川方面)へ上ると、ライオンビルの裏手辺りにあります。トルコの旗と、壁を飾るブルーの看板(お店のロゴは、赤い空にモスクのシルエット)が目を引くので、福島駅の方から行けばすぐ見つかります。

 今回は、ランチを食べに行ったのですが、まず想像していた以上にお店が素敵っ!(写真左) 片側の壁が白、片側がアーティスティックな赤で、飾られているキリムもランプもきれい!! シックでいて、ちょっぴりオリエンタルな雰囲気をプラスした、彼女を誘ってでも行けちゃうようなレストランでしたよ(トイレは男女1つずつありますが、ウォシュレット〜♪ トイレの内装まで素敵に仕上げてありました)。

 料理の方は……というと、今回は「赤レンズ豆のスープ」「パン」「前菜3種ーなすびのラタトゥイユ、ヤプラック・ドルマス、インゲン豆とトマトソースの冷製」「本日のケバブ2種ー鳥のシシケバブ、キョフテ(写真中央)」「デザート(ヘルヴァ/写真右)」「チャイ」がセットになった“ハネダン・ランチ”をいただきました(1,250円也)。

 トルコ料理の基本的なメニューですが、全体的においしかった!!です。パンもユフカっぽい薄いパンではなく、厚みのあるナンのようなパンで大満足!(←個人的にはコレ、ポイント高いです) 前菜3種も無難に仕上げているし、メインのキョフテの下にはマッシュポテトを敷くなど、細かいとこまで配慮したひと皿にされていました。ヘルヴァも、よく見る固い四角タイプのものではなく、お手製のホームメイド・ヘルヴァ。ふんわりと柔らかくて、ほんのり温かくて、アクセントに松の実が入っていて……小麦粉を使ったものを“ウン・ヘルヴァス”、セモリナ粉を使ったものを“イルミット・ヘルヴァス”というらしいですが、昨日のは“ウン・ヘルヴァス”だったと思います。
 食後には当たり前っちゃー当たり前だけどチャイが出てきて、何も言ってないのにちゃーんとお代わりももってきてくれました(チャイグラスもかわいかった♪)。

 おそらく、兄弟でお店をやっていると思われます(だって、そっくりなんだもん)。
 最後のチャイのサービスの時には「金曜と土曜はベリーダンスもやっていますから」としっかりアピール(でも、ノーチャージ♪)。そ・れ・と、本国トルコではまず見かけない、兄弟の平身低頭さに驚きました。日本人って、頭を下げて礼をする、感謝を示すって当たり前ですが、トルコ人にはその習慣がないわけで。でも、料理を持ってきてくれるたび、こちらが「ありがとう」と言って軽く頭を下げると、必ず頭を下げて返礼してくる。最後のチャイのサービスで「また来ますよ」と言ったときも、深々と頭を下げてくれて……。あの平身低頭さは、なかなか見られません(トルコじゃ特に・笑)。

 ……というわけで、料理の味も、お店の雰囲気も、スタッフのふるまいまで◎(二重丸)のトルコ料理ハネダン。ぜひ、お近くの方は行ってみてくださいね(この兄弟はしかもイケメンです。結婚してたと思うけど)。わたしも、今度はもっと大勢で夜に行きたいと思っています。

 ※「ハネダン」というのは Hanedan 王朝、名家、名門って意味。

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Dün öğle yemeği için Osaka'nın Fukuşima bölgesin'de yer alan Türk restoranı, İstanbul Hanedan'ya gittik.

Geçen yıl bu yeni restoranın açmış olduğunu öğrendikten sonra hemen gideceğim gideceğim diye düşündüm da gidemedim. Dün nihayet gittik. :)
Bu restoran, JR Fukuşima istasyonu'ndan Naniwa Caddesi'ni kuzeye giderse hemen bulunabilir. Türk bayrağı ve binanın duvarındaki mavi tabela (restoranın logo, kırmızı gökyüzü ve caminin gölgesidir.) çok çarpıcı, hemen gözlerimize batar.

Restoran, tahmin ettiğimden daha çok güzeldi. Kilim ya da mozaik lamba ile süslenen içerisinin hava çok iyidi. Şık ve oryantal havası da vardı. Orası, sevgilisinizi de getirebilirsiniz eğer erkekyseniz... yani kızlar çok beğenir bu restoran, eminim. :)
Üstelik tuvalet odası da güzeldi. İçerisi iyice süslenmiş ve washlets da koymuşlar...

Ben ''Hanedan Öğle Yemeği Kursu''nu aldım ve çok beğendim, arkadaşım da beğendiğini söyledi bana.
Mercimek çorbası, ekmek, 3 türlü meze - Patılcan yemeği, Yaprak dolması ve Zeytinyağlı taze fasulye, Bugünkü kebaplar - tavuk şiş ve köfte, tatılsı olarak un helvası ve çay... toplam 1,250 yendir.

Bunlar hepsi genel Türk yemeği de hepsi güzeldi. Ekmek de yufka gibi değildi, karındı, yani Hindistan ekmeği Nan gibiydi. Hem üç türlü meze hem de bugünkü kebaplar, gözlerime de güzel geldi ve gerçekten lezzetliydi. Üstelik helva da çok beğendim. Bildiğim kadarıyla helva sert ve kare şekilde sunulur ama Hanedan'da yumşak ve sıcak halde sunuyorlardı. İçinde çamfıstığı da vardı ve iyice tadını çıkardık.

Ve şu çok önemli. Onlar çok kibar idi. Terbiyeli idi. Japonlar gibi tekrar tekrar başlarını eğerek selamladılar. Japonca olarak ''Koşi ga hikui'' insanlar idi onlar. O kadar nazikçe davranlar Japonya'da da bugünlerde görünmüyor, öyle değil mi???


Hem yemeklerin hem içerisi havasının hem de insanların iyi olduğu bu restoranı tavsiye ederim.
Orada çalışanlar çok yakışıklı olduğunu da ilave ediyorum... ne yazık ki evlilerdir... ;)

Neyse eğer yakında oturursanız, yakında çalışırsanız ya da yakına giderseniz bir defa denemenizi önerim.
Ben de gelecek defa akşam yameği olarak arkadaşlarımla beraber gideyim.

Not; Bunu çalışmak için Türkçe olarak yazıyorum. Biliyorum hatam çok. Affedersiniz. Eğer vaktiniz varsa hatamı düzeltebilirseniz çok sevinirim. Şimdiden teşekkür ediyorum.

2009-01-13

Masaj sandalyesinde oturan mutlu bir ihtiyal adam

2009.01.13

 Kahveciden köylüye masaj sandalyesi hizmeti
Tarlasında, işinden yorgun dönen köylüler yorgunluklarını köy kahvesinin bahçesine konan masaj sandalyesinde gideriyor.

HAMDİ KAVAK/EDREMİT
Balıkesir'in Edremit ilçesine bağlı Kızılkeçeli Köyünde bir kahvehanenin bahçesine konan masaj sandalyesi ile günün stresini ve yorgunluğunu atan köylüler, sandalyeyi koyan kahveciye teşekkür ediyorlar. Kahvehanenin önüne konan sandalyenin önce ne olduğunu anlamayan 70 yaşındaki M.Emin Erol, İlk olarak Bursa'da otobüs terminalinde bir masaj aletine bindiğini ancak onda ayakta durduğunu belirtti. Bugüne kadar da hiçbir köyde böyle bir hizmetle karşılaşmadığını belirten Erol,"köylü için çok iyi oldu. Tarlasından, işinden yorgun dönenler için iyi bir tercih. İlk önce çok korktum. Baktım çoluk çocuk herkes oturuyor. Bende denemek istedim. Bir anda her yerim zangır zangır titremeye başladı. Elektrik çaptı sandım. Arkadaşlar bu sandalyenin özelliği dediklerinde rahat bir nefes aldım. Gerçekten çok rahat ettim. "dedi. Köy kahvesini işleten Ömer Yıldız ise köyümüz turistlik bir köy, yerli yabancı herkes geliyor. Turizme katkı olsun diye bizde bir masaj sandalyesi koyduk. Bizim köydeki vatandaşımızın işine yarayınca turist yerine köylüye hizmet etmeye başladık." diye konuştu. 1 TL karşılığı çalışan masaj sandalyesi günün her saatinde hizmet verirken, havaların soğuması ile birlikte sandalyeye oturanların sayısında bu günlerde azalma olduğu öğrenildi.
12.01.2009
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 Yeni Safak Gateztesi/無理やり訳すと「新暁新聞」は、これまで読んできた印象として右っぽい感じがする新聞で、ときどきゲンナリすることもあるのだけれど、インターネットのYurt Haberler/国内ニュース部門では、ときどき面白い記事を紹介していたりして、微笑ましいときもあります。※写真は2009年1月13日の新聞1面

 きょうは、そんなYeni Safak Gazetesi の Yurt Haberler で見つけた「Kahbeciden koyluye masaj sandalyesi hizmeti/喫茶店主から村人へのマッサージ・チェアー・サービス」という記事を紹介します(本当に、どうでも良い話なんですが、写真が可愛かったのでつい・・・汗)。


 Balikesir / バルッケシル県のEdremit / エドレミット郡にある、Kizilkeceli / クズルケチェリという村の小さなニュース。 ※写真の(A)辺りがKizilkeceliという村になります

 「喫茶店の前庭に置かれたマッサージ・チェアーで、1日のストレスや疲れを取る村人たちは、このマッサージ・チェアーを置いてくれた喫茶店主に感謝している。

 以前は喫茶店前に置いてある椅子が何なのか分からなかった70歳のM. Emin Erol / M. エミン エロルさんは、これまで一度も村でこんなサービスを受けたことがなかったが『村人のためにとても良いよ。畑から、仕事から疲れて帰って来るものたちのためには、いいアイデアだ。最初はとても怖かったんだが。小さな子どもらもみんな座っているのを見てね。わしも試したくなった。不意に体のあらゆる部分をゴロゴロとふるわせるようになったんだよ。電気を通しているんだと思った。友人たちがこのマッサージ・チェアの効果を話していて気楽になった。本当にとても気持ち良くなったよ。』と語った。

 村の喫茶店を営むOmer Yildiz / オメル・ユルドゥズさん曰く、『わたしたちの村は観光地で、地元の人も外国人観光客もみんな来る。観光のひとつになればと置いたんだけどね。村の人たちが気に入ってくれたから、観光客の代わりに村人にサービスを始めたってわけさ』。

 1トルコ・リラ(現在レートで約56円)動くマッサージ・チェアーは、24時間オープンだが、気温が下がって来るにつれてマッサージ・チェアーに座る人の数は減って来ている」

 ……とまぁ、それだけのことなんですけど。

 でも、写真がカワイイと思いませんか? マッサージ・チェアーも脚までカバーするタイプだし。1トルコ・リラで何分くらい動くのかも気になるところです(日本だったら、大手電化店の展示品がタダで使えますが。人が少ない平日なんか30分くらい平気だし〜♪)。

 こんなおじいちゃんが喜んでくれるなら、最新機をプレゼントしたくなっちゃいました。でも、今頃は寒風に吹かれて寂しく置いてあるんだろうなぁ(それとも倉庫に仕舞われちゃったか?)

2009-01-07

"Yeni" cope atan yeni Turk Lirasi/新しいを取った、新しいトルコ・リラ

2009.01.07

 昨年3月4日に、2009年1月からトルコの紙幣が新しくなる、ということを書きました(3月4日のブログはこちら)。

 Yeni Turk Lirasi から“Yeni/新しい”が取れて、ただのTurk Lirasiになるという話。すっかり忘れていましたが、今日ふと思い出して調べてみたら出ていました、Yeniが取れた新しいトルコ・リラ。

 新しいトルコ・リラでは、アタチュルク以外の人物像が登場するのでは? という、大変換が予測されていましたが、その結果はいかに……?







 結果、紙幣の5TL、10TL、20TL、50TL、100TL、200TLともすべて表面は建国の父アタチュルク。でも、裏面にはさまざなま人物が印刷されています。その内訳はというと……
 5TL → 教授アイドゥン・サユル
     (1913 - 1993、文明学者)
 10TL → 教授ジャーヒット・アルフ
     (1910 - 1997、トルコの数学者)
 20TL → 建築家ケマレッディン
     (20世紀初頭における研究で知られる、トルコの建築家)
 50TL → トルコ初の女性作家のひとり、ファトマ・アリイェ女史
 100TL → ブフリザーデ・ムスタファ・エフェンディ
      (1630 または 1940 - 1712/トルコの作曲家)
 200TL → ユヌス・エムレ
      (1240 - 1321、トルコ語詩の前身となる神秘主義のトルコ詩人)

 昨年2月時点での予測どおりとなったのは、結局ユヌス・エムレだけでしたね。
 アタチュルク以外の人物を貨幣に……というのは、トルコでは賛否両論あるのかもしれませんが(特に、アタチュルクッチ/アタチュルク主義者にとっては)、個人的には良いことじゃないかと思います。自分の国の通貨で考えると分かりやすいですが、ふだんお金を使っている時って、別に誰の肖像が印刷されているかなんて気にしない(いや、もちろん諭吉が好きですが・笑)。むしろ、外国から来た人が興味をもって眺めるのではないでしょうか。で、この人は誰だろう? と思う。さらに興味があれば自分でも調べてみたりするだろうし。

 わたし自身、アタチュルク空港って名前に始まって、すべてのお札に印刷され、街のお店なんかでこれでもかってくらいその肖像を見たからこそ、初めてのトルコ旅行の後にアタチュルクのことを随分調べたし。

 新しいトルコ・リラでも表面はすべてアタチュルクなわけで、建国の父に対する尊敬はきちんと払っていると感じます。さらに、裏面に印刷されている人たちは新たな興味をかき立てるきっかけにもなるのでは? 日本の紙幣の感覚からすると5TLと10TLの教授なんかは最近まで生きていた人だから、ちょっと違和感はあるけど(きちんと知れば納得できるのか?)。

 あと、個人的には硬貨のデザインもなかなかカワイイな、と思います。特に1クルシュと5クルシュ。何のデザインなんだろう???

2009-01-06

年末年始の読書/Neyi okdum neyi hissettim

2009.01.06

 松の内も終わろうかという日に言うのも変ですが、みなさん、あけましておめでとうございます(Yeni Yiliniz Kutlu Olsun!!)。

 きょうは年末年始に読んだ本の感想を、覚え書きの意味も込めてちょっと記しておこうと思います。

 1冊目は『「対テロ戦争」時代の平和構築 過去からの視点、未来への展望』

 この本、わたしにとって意味深い本でした。ふだんテレビや新聞、インターネットで何気に目にし耳にし、何となく理解していると思っている言葉(たとえば「テロリズム」や「対テロ戦争」「ジェノサイド」「民族浄化」など)における誤解、言葉の“作られたイメージ”と“本来の意味”のギャップを修正することができたから。

 内容的には「アルメニア人虐殺」「アゼルバイジャンにおけるジェノサイド」「ボスニア内戦」「カンボジアの大量虐殺」「ルワンダのジェノサイド」「イスラエルによるレバノン攻撃」「アメリカの対外介入」などの10章からなり、知っていること、知らなかったこと、知っていると思っていたけれど正確ではなかったことを確認しつつ読み進めることができました。

 そして改めて、マスメディアだけの情報だけでは偏ってしまうと感じました。わたしは研究者ではないし、世界各地で起こっていることを逐一追いつづけることもできませんが、ある「事件」を報道されるままに見ることの危険性、起こった当時の見解、イメージだけで捉えてしまうことの危険性を感じずにはいられませんでした。時間を経て初めて見えてくることがたくさんあるにも関わらず、わたしたちが興味をもってその「事件」を見るのは起こっているときだけ。ときどきはこういった本に目を通して、自分を修正しつつ世界を眺めることも必要だな、と。

 加えて、一番興味のあった「アルメニア人虐殺」ですが、たとえ研究者であってもアルメニア人研究者がトルコ寄りの、トルコ人研究者がアルメニア寄りの研究成果を発表するって「国を棄てる」「命を賭ける」くらいの気持ちがないと難しいような気がします。国民からの反発もすごいだろうし、暗殺だってありえる。だからこそHirant Dinkって人は、どちらに寄るでもない“自分の意見”を口にできる勇気をもった人だったなと思います(結局、哀しい結果に終わったけれど)。彼を追悼した「Hepimiz Ermeniz」と掲げながらの行進を、彼の魂はどんな思いで見ていたのでしょうか。


 その次に読んだのが『激動のトルコ 9.11以降のイスラームとヨーロッパ』

 こっちは、改めて「EU、失敗したかな」という思いで読みました。EUの理念そのものは悪くないと思っているし、アメリカという大国に相対するためにはEUという巨大な共同体である必要もあるだろうけど、包容力なさ過ぎ。おまけにあれだけバラバラになってしまうと“共同体”である意味がない。EU憲章を批准しない国っていうのも、これからどんどん出て来る気がします。そして、おそらくトルコが承認されることもないような。

 トルコに対してはクルド人の権利についていろいろと議論されますが、ではEU加盟国における移民の問題はどうなのか。加盟国のご都合主義に振り回されるくらいなら、スイスやノルウェーのとった道もあながち間違いではないかも(もちろん、加盟しない理由は表に出せるもの、出せないもの、いろいろあるだろうけど)。ただ、現エルドアン政権は、そのあたりなかなか上手に立ち回っていて頭が良いなという印象を持ちました。折れる所は折れつつ、譲れないところはぜったい譲らない。ただ、そういった立場をどこまでとり続けられるか、ですが。


 最後は『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』という本。

 ひとことで言って、読破するのはキツかったです。読みにくかったという意味ではなく、あまりに辛過ぎて。そういったことが行なわれているであろうことを頭では分かっていても、こうしてルポルタージュのカタチで目の前に出されると、にわかにそれが現実なのだとハッキリと突きつけられたようで本当にキツかった。

 実家で甥っ子が簡単に「死ねっ」とか「殺すぞ」というのを聞いて、思わず「そんな言葉は簡単に口にするもんやないんやでっ」と一喝したのも、この本の影響が大きかった気がします。もちろん、自分自身も恵まれた星の下に生まれてきているにも関わらず、なんだかんだと不満を口にしているのが虚しいように感じました。彼らのために自分にできることって、精一杯生きることしかないんじゃないかと。

2008-12-18

En sukseli, en meshur, en ses getirecek bir ayakkabi

2008.12.18

 きょう、Radikal/ラディカル紙で見つけた「靴が世界メディアのトピックになったーー風刺漫画家たちが、ブッシュへの“靴抗議”を描いた」から。結構笑わせてもらいました。

 もちろん、たくさんの方がご存知だと思います。イラクでのあの事件を……。

 わたしが一番気に入ったのは、こちら。

 「Benim için kucuk ama insanlık için buyuk bir adim / わたしにとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ」と題された、このカリカチュア。確かに。あの行為に溜飲を下げた人は多いのではないでしょうか。彼が、情状酌量されることを願っています。
 ちなみに『Penguen』は、トルコとキプロスで発行されている週間のユーモア雑誌です。




 これも結構好き。『Nike 7 / ナイキのサイズ7』『We believe you'll be safe in the event of any shoe attack in the future. Some agent, however, have created wish lists / 今後はどんな靴攻撃にも安全です。幾人かのエージェントはウィッシュ・リストを作ってますけど』

 『ilk ayakkabi aniti / ファースト・シューズ・メモリアル』『Mucadelemiz boyle mi basladi baba? Yok yavrum iskaladi / ぼくたちの逃走はこんなふうに始まったの、パパ? いいや息子よ、外したんだ』
 銅像立てても良いと思います。個人的には。それぐらい腹に据えかねるものがあったのだと。ジャーナリストとして別の抗議方法があったはずだ……と書かれていたのも読んだけど、そんな理性的な範疇を超えた怒りが彼にはあったのだと思います。

 拍手!!! Aynen oyle!!!




 このほかの作品について、ご覧になりたい方はこちら

 あ、そうそう。きのうのYeni Safak / イェニ・サファクという新聞には、この“投げられた靴”がトルコ製だと報じていました。
 イスタンブルのアルトゥンシェヒルで操業する靴工場 Baydan Ayakkabicilik のものらしく、オーナーの Ramazan Baydan さんは、あのシーンがテレビで放送されたあと、イラクの顧客からたくさんの電話注文をもらったとか。注文数も1日で前日の200%になったのだそうです。ちなみに、あの靴は片足が300gで、トルコでは3000円弱、イラクでも3500円ほどで売られているもので、Baydan氏は「たとえブッシュの頭に当たったとしても怪我はしなかった」と語っています。

2008-12-06

bir iki uc dort bes alti yedi...

2008.12.06

 トルコ人の友だちから「このあいだNHKを見ていたら、突然トルコ語の数字を歌っている歌が出て来た」と聞き、それは見逃せないっ!とインターネットをサクサクしてみました。

 NHKの『みんなの歌』の10〜11月に流れたいた曲で『数え歌』といい、池田綾子さんという女性が歌っておられます。YouTubeで探して聞いてみると、とても気持ちの良い、ステキな歌でした。バックに流れているアニメーションもかわいくて素敵。最後に子どもたちの手がつながって、地球を包み、それが女の子の瞳になって終わるのもかわいかった☆

 それにしても、かつてはこうした歌にトルコ語が出て来るなんてなかったのに。いろんな国の言葉があるなかで、こうしてトルコ語が歌に取り入れられているのは、すごく嬉しかったです。
 ぜひ、みなさんも聞いてみてください。YouTubeで視聴するならこちら

2008-12-01

Piyano ile konusan adam, Fazil Say

2008.12.01

 きのう11月30日(日)、びわ湖ホールで開催された〈ファズル・サイ ピアノリサイタル〉に行ってきました。

 びわ湖ホールは、その名のとおり、びわ湖岸に建つ複合ホール。リサイタルの行なわれた大ホール横のホワイエの壁面は全面ガラス張りで、見事なびわ湖の眺めが一望できました。ちょうど左手、比叡山のあたりはキレイに色づいた山肌が広がり、ふだん山に囲まれた閉塞的な眺めしか目にしていないわたしは、思わぬ開放感を味わうことができて大満足でした。

 さて、ファズル・サイのリサイタルはというと……。
 日本に来て風邪を引かれたのか、体調的には万全という感じではありませんでした。時折、鼻もグズグズしていたようだし。
 それでも、いったん演奏が始まれば別世界。ふだんクラシックにはあまり縁のない暮らしをしていますが、彼の演奏は目をつぶって聞いていると、いろんな映像が次々に現れて来て、まるで映画をみているような不思議な気分を味わいました。

 リサイタルは、ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』から始まったのですが、演奏中ずっと「ザーザーと雨が降ってきて、止んで、雨の雫をたっぷりと含んだ野草から、ポロンポロンと雫が飛んで……」とか、「びゅーびゅーと風が吹いて大木がざわざわと梢をふるわせ、そのあいだから小鳥たちが飛び立ち、森の動物たちがあちこちを走りまわり……」そうかと思えば「風がおさまって太陽の光が雲の合間から差し込んで草原を照らし、飛び立っていった小鳥たちが梢に戻って来てピピピッとさえずりあう」そんな映像が次から次へと目の前を通り過ぎていきました。
 『展覧会の絵』がどういう経緯で作られた曲なのか知りませんが、とにかくファズル・サイの演奏を聴いているわたしの目の前には、本当に映画のような映像が次々と浮かんできました。

 20分あまりの演奏が終わると、一時休憩。なんだかドッと疲れてしまいました。それぐらい目まぐるしく、いろんな映像が迫って来たのです。

 休憩後は、彼の作曲である『ブラック・アース』から始まりました。このときはなぜか海の中の映像が次々に浮かんできて、まるで魚になった気分。深くもぐって暗い暗い深海を大きな魚になって泳いでいると、目の前に深海魚らしき、でもよく見えない何かがいる。だんだん海上に近づいて来ると、太陽の光がキラキラと反射するなかを、色とりどりの小魚が織物のように動いている。ザパーッと海上に顔をだし、ひととき空を眺め、海原に身を任せたあと、再びザブンッと海のなかへ……そういう映像が、演奏中ずーっと浮かんでは消えていきました。

 その後は『パガニーニ・ジャズ』『トルコ行進曲:ジャズ風』(この2曲は、すごく気に入りました。聴いていてウキウキしてくるというか、踊りだしたくなるというか、席に静かに座っている気分ではありませんでした)、さらに『3つのバラード』と続いたあと、最後はガーシュインの『サマータイム・ファンタジー』『ラプソディー・イン・ブルー』。
 ファズル・サイは終止、ピアノと会話するように演奏していました。目をつぶって聴いていると、どこからかハミングのような音が聞こえて来て、誰だ? と思ったら彼本人がそう口ずさんでいたり。あれは、ピアノに話しかけていたのかしら?

 最後、鳴り止まぬ拍手に応えてファズル・サイは『ウスキュダル』を演奏。これは良かった。嬉しかったです。最近はトルコを去るようなことも口にしていたファズル・サイですが、最後に有名なトルコ民謡を演奏してくれたのだから。


 ところで、わたしだけかもしれませんが、ファズル・サイのリサイタルはすごくエネルギーの要るものでした。うまく表現できないのですが、彼は演奏しながらものすごいエネルギーを発しています。で、そのエネルギーが自分にもビンビンと響いてくるのですが、それで終わらない。彼が発したエネルギーは聴いているわたしに届いたあと、また彼に帰っていくような気がするのです。のんびり演奏を聴くという感じではなく、その世界にグググーッと引っ張られていくような感じ。終わった後は、本当にドッと疲れてしまいました。
 クラシックのコンサートって、こういうものなのかしら???


 明日は大阪のいずみホールで、関西方面での最後のコンサートがあります。その後は東京で〈ファズル・サイ・フェスティバル〉が控えています。チャンスのある方は、ぜひぜひ、彼のコンサートに足を運んでみてください。個人的には思っていた以上に良かったです。


 ※写真は、きのうのコンサートちらし、きのう買ったDVD(「鬼才!天才!ファジル・サイ!」)とCD(「スーパー・デュオ! 」ファズル・サイ&パトリシア・コパチンスカヤ) なかなか奔放な感じのするサインです。

2008-11-21

日本人の名前をもつ、トルコ人細密画アーティスト

2008.11.21

 先日、トルコの新聞を読んでいて、こんな記事を見つけました。
 「オスマン帝国時代のミニアチュール(細密画)芸術を知る最後のスポークスマン、Gunseli Kato/ギュンセリ・カトー(写真)が、11月25日からイスタンブルのIstinye Park Antik Park Sanat Galerisi/イスティンイェ公園アンティーク公園芸術ギャラリーにて展覧会を開く」

 オスマン帝国時代のミニアチュール(細密画)、最後のスポークスマンといった言葉とともに、わたしが気になったのは、Gunseli Kato/ギュンセリ・カトーという名前。ん? この「カトー」は、もしかして「加藤』?

 気になったので調べてみました。
 フルネームは、Gunseli Ozgur Katoさん。そしてファミリーネームの「カトー」はやっぱり「加藤」でした。



 ギュンセリ先生は、1956年イスタンブル生まれ。1974年、18歳の時にSuheyl Unver/スヘイル・ウンヴェル教授がトプカプ宮殿博物館で催したミニアチュールの研究に参加し、創作活動を始めたそうです。1980年にはマルマラ大学教育学部絵画学科を卒業。その後、日本の佐藤財団というところから奨学金を獲得し、来日。当初学んでいた大学の教育には満足できず、東京芸大を目指したそう。しかしながら、外国人であったために大学入学は不可能。毎日、毎日、何ヶ月も大学の門をたたき、結果的に東京芸大で初めての外国人留学生として学ぶことを許されたのだとか(東京芸大で1980年代に初めての留学生ってのはちょっと疑問だったりもする。このへんは、本当かどうか分からないです。あくまでネットが情報ソースなので)。

 1985年にはイスラミック・タイル芸術の専門家である加藤卓男氏と知り合い、氏のアトリエでセラミック研究をスタート。その後、加藤卓男氏の息子と結婚。娘をもうけますが、12年後に離婚。そしてトルコに帰国されたようです。

 かつて、東京では自身の名前を冠したミニアチュール(細密画)の学校もあったとか(いまもあるのか???)。1994年にはAsahi Gazetesi Kultur Merkezi/朝日新聞文化センターで「ギュンセリ・カトーの細密画教室」も開かれ、1年に2度この学校で講師をつとめられたようです。










 日本での個展活動もかつては充実していたようで、1984年/細密画展(トルコ共和国大使館)、1989年/細密画における女性(名古屋丸井百貨店)、1992年/トルコと日本における文化の相似性(イスタンブル大学文学部芸術学科にてシンポジウム・トルコ共和国大使館)、1994年/まったくない展[Hic Sergisi](岐阜 コーヘイ堂ギャラリー)、1994年/セラミックのプロダクトデザインの日本への紹介(東京・岐阜 マイハタギャラリー)、シルクロードの歓喜展(下呂温泉ギャラリー ※加藤卓男との共同展)、1996年/現代細密画展(東京 ワコール・ギャラリー)……その後1997年からも展覧会は続くのですが開催場所はトルコになっています。この頃にトルコに帰国されたのかもしれません。

※ Gunseli Kato氏の情報は、ここから。

※ 作品写真はここから。


 余談ですが、このブログのなかの写真の女性が、Gunseli Kato氏の娘さんなのだと思います。丸顔がかわいい。マルちゃんみたいです。

2008-11-16

MedFilm Festivali/地中海映画祭に見るトルコ映画

2008.11.16

 先日、トルコ映画がイタリアで注目を集めている、といういくつかの記事をトルコの新聞サイトで見つけました。

 11月6日からローマで“MedFilm Festival/地中海映画祭”が開催されているのですが、トルコ映画が最も高い関心を集める作品のなかに数えられている、というのです。オープニング作品として、Ozcan Alper/オズジャン・アルペル監督の「Sonbahar/秋」が上映される同映画祭では、審査員としてトルコの映画監督であるSemih Kaplanoglu/セミヒ・カプランオール氏が選ばれたことも関心を集めているとか。ほかにもUmit Unal/ウミット・ウナルや、Inan Temelkuran/イナン・テメルクラン、Baran Seyhan/バラン・セイハンといった監督の映画がラインナップされています。

 第14回を迎えるという映画祭に、トルコはドイツとともに「名誉ゲスト国」として参加。映画は“街と国境の物語”という名のもとで上映されているそうで、オズジャン監督の『秋』のほかにも、ウミット監督の『Ara/すき間(2007)』、Mehmet Gureli/メフメト・ギュレリ監督の『Golge/影(2008)』、Mehmet Guleryuz/メフメト・ギュレルユズ監督の『Havar/畝(2008)』、イナン監督の『Made in Europe(2007)』、Dervis Zaim/デルヴィシュ・ザイム監督の『Nokta/点(2008)』、セミヒ監督の『Süt/ミルク(2008)』『Yumurta/卵(2007)』といった作品が目白押し。
 ちなみにオズジャン監督の『秋』は、長編映画のコンペティション部門に出品されており、もしかしたら受賞するかも!? ……と思ったら、「受賞作は11月14日の授賞式で明らかに」と書いてあるから、既に結果は出ていますね(公式サイトをチェックしましたが、受賞結果らしきものが見つかりませんでした。でも、Milliyet/ミリイェット紙では、セミヒ・カプランオールの『卵』が“ユーロイメージイタリア賞”を、オズジャン・アルペルの『秋』が“特別名誉賞”を受賞したようです)。

 公式サイト(英語・フランス語・イタリア語で閲覧可能)のShowcase Turkeyの項をチェックしてみると、なかなか興味深かったので、長くなりますが、ここでそれぞれの映画を簡単に紹介したいと思います。


『Sonbahar/秋』※特別名誉賞受賞
2008年トルコ・ドイツ共同製作(35mm/color/106min) 監督:Ozcan Alper/オズジャン・アルペル
 22歳の大学生のとき刑務所行きを宣告されたユスフは10年後に釈放となり、東黒海地方にある故郷へ戻る。そこで彼を迎えたのは初老の母だけ。父は、彼が獄中にいるあいだに亡くなっていた。また、彼の姉は結婚して都会へと去っていた。彼が唯一会ったのは幼なじみのMikail/ミカイル。秋がゆっくりと冬に道をゆずる頃、ユスフはミカイルとともに居酒屋へ行き、そこで美しいグルジアの売春婦Eka/エカと出会う。タイミングも、ふたりの状況も、異なる世界に住むふたりがいっしょになることを許してはくれない。にも関わらず、ふたりの愛は命をつかみ、孤独から逃れるために必至にもがく。


『Ara/はざま』
2007年トルコ製作(35mm/color/89min) 監督:Umit Unal/ウミット・ウナル
 トルコ語で「Ara」は「ギャップ」「あいだの場所」あるいは「探せ!」を意味する。本作「Ara」は、同時にお互いを愛し、裏切る4人の物語。彼らは互いに傷つけあうが別れることができない。彼らは彼らの過去と嵐のような関係に、またイスタンブルと彼らが帰ることのできない故郷との間に、そして心に潜めた秘密と彼らがつく嘘の間に、はたまた東と西の間に挟まっている。つまり、間の場所から抜け出せなくなっている。
 すべての映像は、あるフラットで撮られ、カメラが外に出るのはただ1度だけ。しかし、コマーシャルやテレビドラマなどが、さまざまな異なる映像として映画に忍び込んでいる。およそ10年わたって、物語はこうした映像の合間に語られる。

『Golge/影』
2008年トルコ製作(35mm/color/113min) 監督:Mehmet Gurell/メフメト・ギュレル
 友人同士のハリムとネヴザットがイスタンブルで出会う。ネヴザットは愛する女性と結婚しようとしており、ハリムに紹介する。女性の名はセルマ。家族の一部を自殺でなくし、何年の時を経てもその経験から逃れられないでいる。ハリムとの出会いを喜ぶセルマ。最初はともに楽しんでいたネブザットだが、徐々にハリムに嫉妬するようになる。セルマとハリムのあいだには何もない。しかし疑わしく映る。また、ハリムは彼女が自殺しないよう助けようとしていた。


『Havar』
2008年トルコ製作(35mm/color/80min) 監督:Mehmet Guleryuz/メフメト・ギュレルユズ
南ーーバトマン東部では、若い女性の連続的な自殺が起こり、関心が寄せられていた。これらの自殺はスカーフを被らない名誉の死であった。若い女性ハヴァルは、ある若い男性とうわさになった。そのうわさを聞きつけたハヴァルのいとこーー親が決めたハヴァルの許嫁ーーは、ハヴァルの父に彼女を殺すよう圧力をかける。いまや彼女は犠牲者であり、その父は刑の執行人となった。本作でデビューした監督は、この地域のアマチュアの俳優を起用。ハヴァルという言葉も、バトマン地域における叫び、助けを呼ぶ声、反乱で使われる言葉である。


『Made in Europe』
2007年トルコ製作(35mm/color, black and white/85min) 監督:Inan Temelkuran/イナン・テメルクラン
米軍がアフガニスタンに侵攻したとき、トルコ人の3つのグループがヨーロッパの街々(マドリッド、パリ、ベルリン)で集まっていた。それぞれのグループはヨーロッパにおけるトルコの小さなソサエティーである。彼らはそれぞれ模索している、ある国からある国へと幽霊のように生きた後、居住許可なしで生きることを。法的な立場は別として、彼らは男らしさと恥辱、不安定さと女性、親類関係と裏切り、優越感と自己憐憫のあいだに生じる一般的な葛藤に直面している普通の人々だ。彼らは移民世界の分裂を引き起こす。そして、彼らがヨーロッパに存在する“問題”ではなく、生きる“人々”なのだと我々に思い出させる。

『Nokta/点』
2008年トルコ製作(35mm/color/85min) 監督:Dervis Zaim/デルヴィス・ザイム
アフメットは、かつて犯してしまった罪に苦しみ、その罪をあがなおうと模索している。友人のセリムに強要され、彼は価値のある骨董のコーランの窃盗にしぶしぶ加担することになる。この犯罪は不必要で、なじみの薄い領域に彼を押し込む。犯罪とその罰を軸に進む映画は、有機的にトルコの伝統的な芸術書式ーカリグラフィーを物語に取り込んでいる。


『Sut/ミルク』
2008年トルコ・フランス・ドイツ製作(35mm/color/102min) 監督:Semih Kaplanoglu/セミヒ・カプランオール
高校を卒業したユスフは、大学入学試験に失敗した。詩を書くことが、彼にとって一番の情熱であり、彼の詩のいくつかは大して有名ではない文学雑誌に掲載されていた。しかし、彼の書く詩も、また彼らの売る価格の落ちつづけるミルクも、ユスフとゼフラの生活の足しにはなっていない。そんななか、ゼフラと街の駅長との浮気を目撃してユスフは当惑する。果たしてユスフは、先行きの知れない未来に対する不安に、また青春期をあとにし、痛みを経験しつつ大人への階段をのぼるという変化に対処することができるのか?


『Yumurta/卵』※ユーロイメージ・イタリア賞受賞
2007年トルコ・ギリシャ製作(35mm/color/98min) 監督:Semih Kaplanoglu/セミヒ・カプランオール
詩人ユスフは、彼の母親の葬儀に参列するため、長い時を経てはじめて彼の故郷へと帰ってくる。彼はその存在さえ知らなかった美しい娘
アイラにより、荒廃した家で歓待を受ける。その娘は最後の5年間、母の面倒を見ていた。そして母の遺言として、神聖な動物を生け贄に捧げるようにとユスフに告げる。田園地方の暮らしの受動的なリズムを嫌いながら、彼は親交のない古い友人たち、失われた記憶につまづきつつも遺言を実行しようとする。それは、生け贄が作られる場所、彼が憧れたもの以上に彼自身のルーツを理解する場所への旅だった。


 このほかにもドキュメンタリー部門として4つの作品が、また短編映画として8つの作品が同映画祭で上映されたようです。詳しくはこちら
 また、トルコ系ドイツ人でカンヌ受賞監督ファーティ・アクンの全作品も上映されている模様。うーん、その場に居合わせたい。いたら、ぜったい見に行くのになー。※興味がある方はリンクをクリックしてくださいね。

2008-11-15

Sonbaharin manzaralari/旅心をくすぐるトルコの秋景色

2008.11.15

 Radikal紙で見つけた「Sonbaharin Manzaralari/秋景色」と名付けられた写真紀行。ちょっと寒そうですが、実際に目にすることができれば、きっと寒さなんて忘れてしまうのでしょうねー。






 以下、記事をわたしなりに翻訳しました。
 フェアリー・チムニー(妖精の煙突)、地下都市、その歴史と自然の美しさで有名なカッパドキア。秋には熱気球によるツアーで、空からまた違った眺めが見られる。
 カッパドキア地方にある8つの熱気球のツアー会社が早朝から行なう周遊ツアーに参加するトルコ人および外国人ツーリストたちは、この地方の尽きることのない美しさを空から見るチャンスに恵まれる。
 黄色に色づいた木の葉の間に見える奇岩・妖精の煙突をはじめとする美しさは、空から鳥の視点で見ると異なる趣を見せる。



 わたしが最初にカッパドキアに行ったのは、はじめてトルコに旅行したときのこと。ちょうど真冬で骨の髄まで凍りそうに寒かったのですが、その美しさは本当に幻想的でした。もともと、日本で仕事をしているときに偶然カッパドキアの奇怪な景色を目にし、まるで宇宙人が住んでいるようなところだな……と思ったものです(実際に行ったら、UFO博物館もあった。行かなかったけれど)。そして、ぜったい死ぬまでに行くぞ……と心に近い、2年の時を経て、この地に足を踏み入れたのでした。

 カッパドキアに入ったのは確か朝。夜行バスに乗って、朝8時か9時くらいに宿に入ったと記憶しています。ひと晩、バスに揺られたので、まずはシャワーでも浴びて……と思ったら、なんと部屋の暖房が故障中。不幸中の幸いで、お湯は出たのでシャワーは浴びたのですが、部屋の暖房がないので寒くて、寒くて。ホテルの人に、サロンで休んだら〜と言われて、サロンで寛ぎました(サロンの暖房は壊れていなかった)。
 その日、まだ雪は降っておらず、冬の寒気が似合う荒涼としたカッパドキアは、まるで世界の果てのよう。夕方くらいから粉雪が降り始め、またそれが美しさに彩りを添えました。

 ひと晩寝て翌朝目覚めると一面の銀世界。見事に荒涼とした大地が銀色に輝く雪に覆われ、一夜にして別世界のようでした。イヌイットの人たちは、白い雪を何色にも見ると言いますが、まさしく、あの雪景色は“白”とか“銀”といった、ひとつの色で表現できるような色ではありませんでした。幸い、昼のあいだは太陽が顔を見せ、大地に映る雲の影、太陽のきらめく反射が大地を彩り、飽きることなく何枚も、何枚もシャッターを切った覚えがあります。


 2度目に行ったのは夏。8月の最初だったと思います。夏のカッパドキアは空の青さと大地のコントラストがまた美しく、夜になると洞窟ホテルなどがライトアップされて、ちょっと遠目で見ると本当に別次元に迷い込んだような気さえします。
 残念ながら、この写真紀行で紹介されている秋は、まだ目にしたことがないのですが、今度はちょっと財布のひもをゆるめて、熱気球ツアーに参加してみたいと思っています。













  以下は記事翻訳。
 東黒海の自然スポーツクラブのリゼにあるチャムルヘムシの高原で行なわれたトレッキングに参加した自然愛好家たちは、秋の、そして雪に覆われたカチカル山脈の飽くことのない美しさを味わうひとときに恵まれた。
 チャムルヘムシ郡のアバノス高原から始まり、ガイドたちとともに2665メートルの高さまで上った自然愛好家たちは、有名なアイデル高原でトレッキングを終えた。
 だいたい3時間かかったトレッキングのなかで、フィドルとバグパイプの伴奏で東黒海地方のフォークダンスに参加した者たちは、自然の中に溶け込んだような気分を味わった。

 ゾングルダックでは、秋の最後の月に森がまさしく色のフェスティバルの様相を見せる。
 黄色、緑、赤の木の葉を装う木々と舞い落ちる木の葉は、森の奥から湧き出る小川をとともに例えようもない美しさを見せる。


 こちらは、わたしにとって未知の世界。まだカラデニズ(黒海)地方には足を踏み入れたことがないので、ぜひ一度は行ってみたいと思っているのですが、行くとなると欲が出て来て、リゼとトラブゾンはぜったい外せないしと思う。となるとカルスやエルズルムなんかも行きたい……と、どんどん夢が広がって、なかなか足を伸ばすことができません。
 また、行きたいなーと思っていたのは5月6月の時期だったのだけど、こんな写真を見ると「秋もいいな〜」と思ったり。念願かなってトルコに住むことができれば、行きたいと思もう場所を一つひとつ巡っていけるのかもしれないけれど。

 カッパドキアについては、日本人にとっても人気の観光地なので説明するまでもないと思います。
 リゼは、東黒海地方にある県であり、県都の名前も同じくリゼ。お茶の産地として有名なところです。
 一方、ゾングルダックは同じ黒海地方とは言え、もっとずっと西の方。イスタンブルを起点にすると、その東にあるのがコジャエリ、さらにその東がドゥズジェ(ともに1999年の地震で大きな被害を受けたところです)。もうひとつ東にあるのがゾングルダックです。その県都・ゾングルダックは黒海沿岸国との貿易港として栄える街で、トルコでもっとも豊かな炭坑の街でもあります(それも昔の話ですが。いまやコールは燃料として終わっていますから)。

 ※記事ソース

2008-11-04

トルコの映画「私のマーロンとブランド」

2008.11.04

 前に日記を書いたのは、9月26日だから、1ヶ月以上のご無沙汰になりました。

 きょうは昼にトルコの新聞をサササッと流し読みする時間があったので、目に留まったものを後で読もうとプリントアウトしていました。

 夕方、また時間が空いたので毎日新聞の夕刊に目を通していたら、10月16日〜26日の期間で開催されていた〈東京国際映画祭を振り返る〉という記事を発見。同映画祭の「アジアの風」部門でトルコのフセイン・カラベイ監督作『私のマーロンとブランド』が最優秀賞を受賞していたことを知りました。

 そのとき「ン? フセイン・カラベイ? なんか、どっかで目にした名前だな……」と思い返し、きょうの昼にプリントアウトしておいた記事を見直すと、東京国際映画祭で「アジアの風」最優秀賞を受賞した作品が、スイスの映画祭でプログラムから外された……という記事が(Radikal紙11月2日付け)。

 正確には、同監督の『私のマーロンとブランド(英題は、そのまま〈My Marlon and Brando〉、トルコ語のオリジナルタイトルは〈Gitmek/行くこと〉』が、スイスで始まった映画祭でも上映される予定なのですが、映画祭のディレクターがトルコ文化省のお役人から「この映画をプログラム(上映スケジュール表)から外せ、さもないと資金協力しないぞ」と脅されたとか・・・。ディレクターによると、同映画祭にはトルコから400000ユーロ(日本円で5000万以上)の資金提供を受けているらしく、そのお金がなければ映画祭は実現し得ない。だからトルコ文化省のお偉いさん(名前はIbrahim Yazar/イブラヒム・ヤザルというらしい)から言われたらプログラムから外さざるを得なかったと。

 とはいえ、このスキャンダルを知ったスイスの映画館関係者たちは、これに抵抗して当初プログラムに掲載される予定だった日程で上映を決めたらしく、バーゼルでは11月19日〜26日に、チューリッヒでは20日と21日に、またベルンでは22日と23日に上映されるらしいです。

 ことの発端となったイブラヒム・ヤザル氏(文化省のお役人)は「制限のあるプログラムもあった。だからそう(プログラムから外せと)提案しなければならなかった。トルコは多様で豊かな国だ。この豊かさを例を挙げることでお見せしたいとがんばってきた。こうしたことを取り除くことや、含まないなんてことはない。フセイン・カラベイの映画に関して別の心配があったから、あの新聞で記事を書いてもらった。メディア・ミーティングを行いながら、映画祭の内容を説明するために努力する」と、なんだか分かるような分からないようなコメントをしています。

 ちなみに、Radikal紙のトップページ、この記事の導入部分では「『トルコ女性は北イラクのクルド人に恋できない』という理由で脅迫された『Gitmek』という映画の……」という書き方をしています。
 東京国際映画祭のHPにある紹介によると「イスタンブルに住む少女が、北イラクに住む恋人に会うため国境を越える。トルコ、イラク、イラン、クルディスタンをめぐる道程は困難を極めていく……。ユーモアと緊迫が交差する実話ストーリー。」となっています。現時点でクルディスタンは存在しないから、こうまで言い切るのはどうかな?とも思いますが、とにかく恋する女性が、恋する相手の男性に会いに北イラクを目指す……というロードムービーのようです。

 東京国際映画祭だけでなく、イスタンブルやトライベッカ、エルサレム、イェレヴァン、サラエボの国際映画祭などでも最優秀女優賞、最優秀監督賞などを受賞しているこの作品。あー見たくなってきた。でも、ネットで『私のマーロンとブランド』で検索しても上映情報は出てこない。日本で上映される日は来るのでしょーかねー???  せめてDVD発売でも(けど、高いだろうなーっ・・・汗)。

 Radikal紙の記事はこちら

 東京国際映画祭のページはこちら

 ※写真はすべて「Insomnia World Sales」というサイトから