2009-05-21

問題発生!/Sorun çıktı!!

2009.05.22

 きょうはホームステイを受け入れているお家を見に行ってきました。ちょうどコジャテペ・ジャーミー(写真)のそばで、なかなかステキなお家。いっしょに行った人に言わせると「まぁ、普通。トルコの中流の中のお家」だそうですが、わたしの目から見れば十分に豊かそうに見えました。

 もともと、今回の語学滞土ではトルコ語上達のために、可能ならホームステイを……と考えていたのですが、家族といっしょに住むのは難しいよ、とも言われたりして迷っていました。まだ思案中ですが、1ヶ月朝食+夕食付きで350ユーロ(日本円だと48000円くらい? でもトルコリラにすると720TLくらいになるので、高く感じる)。トルコ人に言わせると「それでも高い」そうですが、学校にも歩いて15分くらいだし、悪くないかなーと思っています。

 とりあえず、1週間くらいで返事します、と帰ってきましたが、さてどうでしょう? トルコ人といっしょの方がトルコのことがいろいろ見えて来るかも……とも思うし、一方でうざくなったらどうしよう? という不安も。ブログ的にはネタに困らないかもしれませんが・笑。

 で、問題発生! ダイレ(アパート)に帰ってきてみると、なんとインターネットが繋がらないっ!!! 今朝までずーっと大丈夫だったのに、留守のあいだにわたしが接続していたところが要パスワードに変わってました。むむむ、勝手に繋げていたのがバレたか? いやー、困りました。ここにきて6日目、これまで問題なく繋がっていたのに、問題が解決しなければ、パソコンを持って喫茶店通いです(ネットカフェだと、日本語入力ができなかったりするし)。

 というわけで、きょうのブログは喫茶店からアップしました・泣。
 あぁ〜、明日からどうしようぉぉぉぉぉ!

Ankara'da Japon gecesi / アンカラで日本の夜

2009.05.21

 Dün akşam aniden çok keyifli Japon gecesi oldu. İstanbul'dan Japon arkadaşımın geldiği için vakit bulursak bir yerde buluşalım dedik te onun arkadaşları, birisi Japonya'da oturuyor, diğeri burda, da gelir oldular, hep beraber akşam yemeğe çıktık.
 昨夜は突如として、ステキな日本の夜になりました。イスタンブルから日本人の友だちが来たので時間があればどこかで会いましょうと言っていたのですが、彼の友だち〜ひとりは日本在住、もう一人はここで〜も来ることになり、みんなでいっしょにディナーと相成りました。

 Nereye çıktık? Evet, Kızılay, Bayındır Sokak'ta bulunan Göksu Restoran'a, burda oturan bizi götürdü. Çok lüks ve şik bir restoran olduğu için biraz şaşırdım (öyle güzel bir yere gitmiyorum ki genelde...). Ama gerçekten muhteşem bir restoran idi. Hem servis hem de yemekler bayağı güzeldi. Yediğimiz yemekler hepsi ağızmıza layıktı... Önce kızarmış ekmekle buzlu tereyağını iklam ettiler. Sonra İşkembe sote, sarımsaklı fasulye sote (en beğendim bunu), içli köfte falan filan... en sonda baklava, kemalpaşa ve revani karışık tatıllar (ikram ettiler!! biz rica ettiğimiz için). Yaa ne kadar güzel yemekler!! Çok beğendim, sadece ben değil, herkes.
 どこへ行ったのか? えっと、クズライのバユンドゥル通りにあるギョクス・レストランへ、ここに住む人が連れて行ってくれました。とても贅沢で粋な感じのレストランだったので、ちょっとビックリしましたが(そんな良い場所にいかないもの、普通……)、本当に素晴らしいレストランでした。サービスも料理も二重丸。食べた料理すべてがおいしかった♪ はじめにクザルムシュ・エキメッキ(クッキーみたいになったパン)と氷に載せたテレヤー(バター)がサービスされ、そのあとイシケンベのソテー(牛の胃のソテー)、ガーリックたっぷりの豆のソテー(一番気に入った♪)、イチリ・キョフテ(挽肉をピロシキの皮で包んだようなもの)など、そして最後にバクラヴァとケマルパシャ(カステラのシロップ漬けのようなお菓子)、レヴァニ(セモリナ粉で作ったケーキ)の盛り合わせ(これもサービスしてくれた!! お願いしたから)。なんともまぁ、素晴らしいご馳走で、めちゃめちゃハマりました。わたしだけでなく、みんな。

 Eve döndüktan sonra ''Göksu Restoran''ı internette araştırdım, yaa gerçekten burda oturanlaın beğenisini kazanmış bir mekanmiş. Herkes diyor ki, ''Halep işi adı altında hayatın anlamını sunan mekan'' ''uzun zamandır yemediğim kadar keyifli bir yemek yememi sağlayan güzel bir lokanta.'' ''Hala 70lerde olunduğu hissini veren dekorasyonu ve harika yemekleriyle istanbul'da olsaydı keşke dedirten lokanta.'' Ve sufle de meşhurmuş burda. Biz yemedik eğer bir daha gidersem mutlaka alayım sufleyi. Yani şimdi çalışmıyorum, öğrenciyim burda. Bu yüzden sık sık oraya gidemem de tekrar gitmek istiyorum, gitmeyi diliyorum...
 家に帰ったあと〈ギョクス・レストラン〉をインターネットで調べたら、本当にここに住む人たちに愛されている場所のようでした。みんな書いています。「アレッポ料理の名のもの、人生の喜びを供してくれる場所」「長い間食べたことがないと言えるほど素晴らしい料理を食べさせてくれるレストラン」「いまだ70年代にいるかのような雰囲気を醸す内装と、素晴らしい料理で、イスタンブルにあれば……と言わせ得るレストラン」と。それとスフレも有名みたい。わたしたちは食べなかったけれど、もしもう一度行けたらゼッタイ食べるぞ、スフレ。まぁ、いまは働いていないし、ここじゃ学生なわけだから、頻繁に行けるわけじゃないけれど、もう1回行ってみたい。そう願っています。

 すみません、思い切り料理の話を書いておきながら、まったく料理の写真を撮っていませんでした(料理と会話に夢中で)。
 Kusura bakmayın sayın okurlar, yemek hakkında yazdım da hiç fotoğraf çekmedim (yemeğe ve sohbete bayıldığım için)

2009-05-19

Cep telefonunu aldım / 携帯買いました〜♪

2009.05.19

 Bugün 19 Mayıs, Türkiye'de ''Atatürk'ü Anma, Gençlik ve Spor Bayramı'' adlı tatildir. Niye Atatürk'ü Anma oldu? Zira 19 Mayıs 1919 yılında Atatürk'ün Samson'a doğru vapur ile çıktığı nedeniyle Kurtuluş Savaşı başladığı gün olarak kabul edilmiştir. Ve bu anı Türkiye'nin geleceğinin lider olan gençlere armağan edilmiştir.
 きょうは5月19日(オン・ドクズ・マユス)は、トルコで「アタチュルク記念と青少年とスポーツの日」という祭日です。どうしてアタチュルク記念になったのか? というのも1919年の5月19日にアタチュルクがサムソンに向けて船を出したことから救国戦争が始まった日とされていて(戦争を始めたわけではなく、救国のために立ち上がったという意味)、その記念日がトルコの未来を背負う若者たちに送られたのだとか。
 ※写真:マンションなどでも、トルコ国旗を出している家がいっぱい。

 Öyle tatil günde ben Japonya'da tanıştığım Türk öğrencisinin arkadaşıyla buluştuk. O, Türkçe öğretmeni olacak, bu sene üniversiteden mezun olacak. Sınavı geçirse yüksek lisansa girer. Bu yüzden benim Türkçe öğretmeni olabilir diye arkadaşım onu tanıttı bana.
 そんな祭日に、わたしは日本で知り合ったトルコ人の大学生のお友達に出会いました。彼女はトルコ語の先生になる人で、今年大学卒業。試験に受かれば修士号取得のための勉強に入るそう。というわけで、わたしのトルコ語の助けになるのでは? と紹介してもらった次第です。

 Ama bugün cep telefon almak için bana yardım etti. Önceden Türkler de cep telefonu çok pahalı dediler, ben de sokakta gördüğüm kadarıyla ucuzsa 500 - 600 TL, pahalıysa 1500TL diye yazılıyordu ki ne kadar pahalı olduğunu düşünüyordum.
 Ama yanlış anlamıştım, sadece bilmedim.
 でも、きょうは携帯電話を買うのに付き合ってもらいました。以前から、トルコの子たちも「携帯電話が高い」と言っていたし、わたしも街で見かけた限り安くても500〜600TL(2年前のレートだと4万5000〜5万4000円/いまのレートだと3万〜3万6000円)、高いと1500TL(昔のレートで13万5000円/いまのレートで9万円)と書いてあったりしたので、なんて携帯の高い国だ! と思い込んでいました。
 ……が、間違いでした。わたしが知らないだけでした。

 Bu kez Türkiye'de cep telefonunu almak için bilgiler almaya çalıştım. Gelmeden önce arkadaşımdan ikinci el olursa ucuz olduğunu öğrendim. Ve dün de tanıştığım insanlar ''ikinci el olursa 65TL, ve kontrollü hat alabilirsin'' dediler.
 Evet, doğru dediler. Bugün dükkanlarda ikinci el değil de eski model olursa ücreti 60TLden. Ben kamera ya da radyo özellikleri istemedim sadece telefon olarak kullanabilersem iyi olur. Bu yüzden Nokia'nın bir basit modelini aldım (65TL idi, Japon yen olarak yaklaşık 4000 yen idi).
 今回はトルコで携帯を手に入れるつもりで、いろいろ情報を仕入れていたのですが、来る前から中古なら安いと聞いていました。きのうの博物館のパーティーでも知り合った人たちに聞くと「中古なら65TL、それにコントロルル・ハト(プリペイド式のカード)で30TLくらいよ」とのこと。
 本当でした。実際に行ってみると、中古でなくても古いモデルなら60TL〜でありました。わたしはカメラやラジオなどの機能はいらないし、ただ電話として使えればいいので、ノキアのシンプル携帯を購入(65TL/現在のレートで約4000円)。

 Önceki kaldığımda sadece pahalı telefon, yani yepyeni modellere bakmıştım ve Japonya'ya döndüktan sonra ''Türkiye'de cep telefonu çok pahalıydı'' dedim de yanlış anlamıştım. Tam o zamanda Japonya'da da cep telefonunun sistemi değişti ve telefonlar çok pahalı oldu. Şimdi cep telefonunun piyasasına bakınca Türkiye'nin sistemi daha mantıklı gibi gözüküyor. Yani Japonya'daysa eski modeller satılmıyor, istese de alamıyoruz. Aaa... Japonya'da da Türkiye'de gibi eski modelleri satılsaydı.
 前にトルコに滞在した折、高い携帯(つまり最新モデル)ばかりを見ていて、日本に帰ってからも「トルコは携帯が高いんだよー」と言ってましたが、間違っていました。ちょうど日本に帰った頃に日本でも携帯の料金システムが変わり、端末もすごく高くなってしまいましたが、こうして見るとトルコの方が良いかも。古いモデルが安く売られているわけだから。日本だと、古いモデルってなくなってしまって、買いたくても買えないですもんね。あーあ、日本でも、トルコみたいに古いモデルが売られてたら良かったのに。
 ※写真:全然関係ないけど、昨日買ったパン。これだけの大きさで0.9TL(約55円なり)

 Neyse cep telefonum var şimdi :) Hayatım daha kolaylaşır bundan sonra... Çoook teşekkürler Neslihan!!
 とにかく、いまは携帯電話があります。これで毎日はもっと簡単になる。本当にありがとうね〜、ネスリハン!(←これは、きょうわたしを手伝ってくれた友だちの名前です)

Türkiye'deki ikinci gün / トルコ2日目

 Bugün (yani artık bugün değil yarın - 19 mayıs oldu) önceki Türkiye'ye geldiğimde çok iyi sınıf arkadaşı olan kızla buluştuk. 2 senedir hiç görüşemedik de kucaklaşarak selamlayınca hemen 2 yıl önceki gibi olduk, kaynatmaya başladık. Yaa arkadaş böyle, değil mi? 2 yıl falan hoplayıp dün de konuştığımız gibi konuşabilir. Çok mutlu oldum. Ben Japonya'dan ona Yatsuhaşi ve Japon ufak yemeklerini getirdim de o da bana gül çiçek demetini getirdi. Şimdi evde mis gibi kokusu var. Bundan da çok mutluyum. :)
 きょうは(ええと、もう今日じゃなくて明日ー5月19日になちゃったけど)前にトルコに来たときに、すごく仲の良かった級友と出会いました。2年間まったく会えなかったのに、抱き合って挨拶したらすぐに2年前に戻ったみたい、おしゃべりに花が咲きました。そう、友だちってこうですよね。2年間なんて飛び越えて、昨日会ったみたいに話せる。とても幸せな気分でした。日本から彼女に八つ橋と日本のお菓子を持って行ったのだけど、彼女もわたしにバラの花束を持ってきていて。いま、家ではステキな香りが漂っています。これも嬉しかったなー。(^▼^)

 Sonra eve döndüm, başka arkadaşlarımı aradım da ulaşamadım, ve 1 buçuk önce Kyoto'da tanıştığım bir adamı aradım. O, şimdi Anadolu Medeniyetleri Müzesi'nin müdürü olmuş ve beni çağırdı. Bugünden Müzeler Haftası başlamış orada da parti yapıyorlarmış. Ben de onlara katılıp beraber yemek yiyerek onun iş arkadaşları ile tanıştık. Çoooook eğlenceliydi. Ne kadar güzel gece... Hava da güneş battıktan sonra iyice serinleşti, müzenin bahçede (fotoğrafta görünen bahçede) rahatça oturarak akşam 11.30a kadar sofbet ettik. (Şimdi Türkçeyi önceden iyi anlıyorumki çok eğlenceliydi.)
 そのあと、家に帰って、別の友だちに電話を描けたけどつかまらず。さらに1年半前に京都で知り合ったおじさんに電話をかけました。彼はいま、アナトリア文明博物館のマネージャーになったみたいで、わたしを誘ってくれたのです。きょうから博物館週間が始まったそうで、同博物館でも夜のパーティーが開催されていました。わたしも彼らに混じっていっしょに食事をし、同僚の方たちを紹介していただきました。めちゃ楽しかった! なんとステキな夜だったことか! 太陽が沈んでいい感じに涼しくなって、博物館の庭でのんびり座って夜11時半までおしゃべりを楽しみました(トルコ語が分かると、やっぱり楽しいっ!)。※写真は座っていた博物館の庭と、今夜ろうそくの明かりで彩られた博物館の池

 Çok şanslıyım. Burada arkadaşlarım herkes beni eğlendiriyor, bana yardım edeyim diyorlar. Öyle sıcakkanlı insanların arasında oturuyorum. Yarın da bir arkadaşım (doğrusu tanıdığımın arkadaşı) bana yardım eder cep telefonunu almak için... Bu kadar naziklik olur mu? Ben de ilerde arkadaşlarıma öyle davranmak istiyorum. Aldığım sevecenliği bende vereyim bundan sonra. Evet, bu benim Türkiye'yi sevdiğim nedendir. Onlarla beraber olursam her zaman benim de iyi bir insan olabileceğimi hissediyorum. Teşekkürler Türkiye!! Ben burda mutlaka iyi çalışarım.
 わたしってラッキーです。ここでは友だちみんながわたしを楽しませてくれる。わたしを手助けするよと言ってくれる。こんなに温かい人たちに囲まれているのです。明日も、友だちのひとり(というか、実際は知り合いの友だち)が携帯電話を買うのを手伝ってくれます。こんなに親切で、いいのか? わたしも、将来友だちたちに対して、こんなふうに接したい。わたしがもらった思いやりを、わたしも誰かにあげたいと思う、これから。そう、これこそわたしがトルコが好きな理由。彼らといっしょにいるといつも、わたしも良い人になれると感じられる。ありがとう!トルコ。ここでぜったい頑張るぞっ!

2009-05-17

Türkiye'ye geldim / トルコ到着!

090517

 今朝5時45分頃、無事イスタンブルに到着。関空で知り合った日本人女性といっしょに国内線へ移動しました。機中、インフルエンザの徴候調査書のようなものに記入したので、空港も厳戒態勢か? と思いきや、すんなり通過(日本で風邪を引いたまま向かったのにお咎めなしでした)。

 知り合った彼女は、アジア〜中東を放浪し、現在トルコに滞在中という友人とギョレメのホテルで落ち合うとのことで一路カイセリへ。到着直後、トルコリラを持っていたわたしが彼女に水を1本買ったら、両替所で日本円をトルコリラに買えた彼女が、さっきの代金を支払うと言い出して結局小銭をもらうことになったのだけど、あとで気づいたら余計にもらってました。もし、これを読んでいたらゴメン! 25クルシュと思っていたのは1リラでした。ゴメン、ゴメン、ゴメン。いきなり、わたしがボッてしまいました。(>_<);

 そんな彼女を見送ったあと、空港内のお店で「ウルスラララス・テレフォン・カルドゥ・バル・ム?(国際テレホンカードはありますか)」と、正しいのか正しくないのか分からないトルコ語でテレカをゲットし、家族に電話しました。……が、つながらない。何回やってもつながらない。再び、お店に戻って「アラムヨルム……(かけられないよ)」と泣きを入れると、すぐさま「00押した?」と店主の兄さん。あぁ、そうか、日本に掛けるときは「81」じゃなくて「0081」で始めないといけなかったのねー(←完全に舞い上がっています)。

 無事、親にも連絡し、アンカラへと飛んだ後はハバシュに乗ってウルス・オトガルまで渋滞もなくスムーズに移動。その後、友人に電話をして、滞在することになっているアパートで待ち合わせました。
 で、滞在初日から1人暮らしをスタートすることができました。きょうは友人宅で晩ご飯もご馳走になって上げ膳据え膳の極楽♪ お世話になりっぱなしだけど、明日から徐々にエンジンをかけ始めないとっ!

 まずは、無事到着し、アンカラ生活がスタートしたので、そのご報告まで。
 Uさん、本当にごめんね。お金ボッちゃった。出会える機会があれば返します、ぜったい。許してねー。

 写真は、トルコに来てから買ったものたち。まずはテレホンカード(右下)、左から水とチャムルジャというソーダ、電圧調整付きのコンセントタップ。132TLくらいあったはずなのに、もう30TLくらいしか残っていないー!

2009-05-16

Bugün uçuyorum, Türkiye'ye / 出発の日

2009.05.16

 Nihayet Türkiye'ye gidiyorum bugün. Çooook heyecanlıyım.

 Merak ettiğim bir şey, soğuk almıştığımı. Ateşim yok ama öküşürüyorum durmadan. Ve burnum da akıyor... Nazar değmiş sanki. ...Yok yok çevirimde hiç öyle bir insan yok. Sadece biraz yorulmuşum hazırlamaya çalıştığım için.

 Bu kez de çok arkadaşlarım, tanıdıklarım bana yardım ettiler. Onlardan cesaret aldım gerçekten. Türkiye'deki arkadaşlarım da herkes bana ''her zaman yardım edeyim'' diyorlar, ne mutlu öyle söyleneme!! Burda herkese teşekkür ediyorum diyorum. Ve hedfimi mutlaka gerçekleşeyim!! Bakın bana!!

 とうとう、トルコへ旅立ちます、きょう。めちゃくちゃ興奮しています。

 心配しているただひとつのことは、風邪を引いてしまったということ。熱はないけれど、ずっと咳が出るし、洟も出る……。妬みの目にやられたのか? なーんて、そんなことはない。まわりにそんな人は一人もいないもの。ただ、ちょっと疲れてしまったのでしょう、準備で忙しかったから。

 今回も、たくさんの友だち、知り合いがわたしをサポートしてくれました。みんなから元気をもらいました、本当に。トルコの友だちたちもみんな、わたしに「手伝うよ」と言ってくれています。なんと幸せなことか、そんなふうに言ってもらえるなんて! ここで、みんなにありがとう、と言っておきます。そして、目標を達成します! 見ていてくださいね。

2009-05-12

Sürpriz haberler / ニュースにビックリ

2009.05.12

 Bu sabah Radikal Gazetesi'nin web sayfasını görünce hayrete düşürdüm. Baş sayfasında ''Japonya'da politika böyle yapılıyor'' diye Muharefet lideri olan İçiro Ozawa'nın istifa ettiğini yazmışlar...
 今朝、ラディカル紙のウェブページを見てビックリしました。トップページに「日本で、政治はこんなふうに行なわれる」と野党(民主党)のリーダー、小沢一郎が辞任したと書いていました。

 Allahallah Türkiye'de de o kadar büyük haber olarak tanıtırıyorlar çok şaşırdım. (Bana göre, İçiro Ozawa'nın ABD'ye karşı çıktığı için suçlandı. Aslında onun sekreterinin siyasi finansman kanunu suçlu değildi, aynı şey yapan iktidar partisinin politikacılar hiç tutuklanmadılar. Niye??? Hadi bakalım, gelecek genel seçimler, biz vatandaşımız için büyük sınav olacak!!)
 ありゃー!? トルコでもそれほど大きなニュースとして紹介されているなんて、めちゃ驚き。(わたしは、小沢一郎はアメリカに反抗したために糾弾されたのだと思っています。実際、彼の秘書の政治資金運用法は間違っていない。同じことをしている与党の議員たちは、まったく捕まえられていないし。なんで? まぁ、見てみましょう。次の総選挙は、わたしたち国民にとって大きな試験になります)


 Ve bir sonraki haber de sürpriz oldu.
 そして、その次のニュースもビックリでした。
 
 ''Kırkpınar Başpehlivanı Recep Kara Japon Sumo güreşçilerine meydan okudu.''
 「クルクプナルの総合チャンピオン、レジェップ・カラが日本の相撲レスラーに挑戦状を叩き付けた」

 Ne diyorsunuz???
 Tamam, anlıyorum şimdiye kadar ata sporu olan Kırkpınar Yağlı Güreşleri'ni yeterince tanıtamadığınızı ama niye sumo güreşcileriyle maç yapmak istiyorsunuz???
 何???
 いや、分かりますよ、これまで伝統スポーツのクルクプナル・オイル・レスリングが充分に宣伝できなかったということは。でも、どうして相撲レスラーと試合をしたいと思うの?

 Ben Kırkpınar Yağlı Güreşleri'ne saygı gösteriyorum. Çok önemli geleneksel spordur. 648 yıldır süren spor, sanırım KYG (Kırkpınar Yağlı Güreşleri)'nden başka hiçbir şey yok. Ben şimdiye kadar hiçbir kez izleyemedim KYG'ni de bir gün mutlaka görmek istiyorum. Ama pehlivanlarla Sumo güreşçileri'nin maçları asla izlemek istemiyorum. Çünkü KYG ve Sumo, ikisi de geleneksel spor ve kökü galiba aynı da hem kuralları farklı hem de sporcuların vucut yapıları farklı.
 クルクプナル・オイル・レスリングはリスペクトしてますよ。とても大切な伝統的なスポーツだもの。648年ものあいだ続くスポーツなんて、思うにクルクプナル以外にはないでしょう。わたしは、これまでクルクプナルを見たことがないけれど、いつか、ぜったいに見たいと思っています。けれど、クルクプナルのチャンピオンたちと、相撲の関取たちの試合なんて、まったく見たくありません。だって、クルクプナルと相撲は、ともに伝統的なスポーツで、ルーツは同じかもしれないけれど、ルールも違うし、競技者の体の作りだって違うんだから。

 Başka daha iyi fikrinizi yok muydu KYG'ni tanıtmak için...?
 他に、もっと良いアイデアはなかったのでしょうか? クルクプナル宣伝のために。


 Sanırım, Sayın Recep Kara, sadece Edirne Vadisinin önerisine cevap vermiş. Yani gerçekten öyle düşündüğüne inanmak istemiyorum. Üstelik eğer KYG'nde KYG'nin kurallarında Sumo güreşçini yenerseniz ne fayda var? Hiçbir şey olamadığnı biliyor ya Sayın Recep Kara ise... değil mi?
 きっと、レジェップ・カラ氏は、ただエディルネ県知事の提案に応えただけで、本当にそんなふうに思っていたとは信じたくありません。それに、もしクルクプナルで、そのルールで相撲の関取を負かしたとして、どんな効果があると? 何にもないって、知っているでしょう、レジェップ・カラ氏も。


 Evet, şaka yaptılar, öyle öyle... öyel olmalı. Biraz fazla ciddiye almışım...
 いや冗談ですよね。そうそう、そうに違いない。ちょっと真面目に取りすぎました、わたし。;-)

2009-05-11

Tsugaru Boğazının Kış Manzarası / 津軽海峡冬景色

2009.05.11

 Ben Japon şarkılarından bir türü olan ''Enka - 演歌'', mutlaka Türkler tarafından sevilir diye düşünüyorum. Çünkü ''Enka''da hüzün var. Yüreğimiz titrer ''Enka'' dinleyince.
 Öyle ''Enka'' şarkılarından biri, ''Tsugaru Kaikyoğ Fuyugeşiki - Tsugaru Boğazının kış manzarası''yı besteleyen Takaşi Miki, bugün vefat etmiş. Hala 64 yaşındaymış. ...Üzgünüm. Ama onun bestelediği mükemmel şarkılar gelecekte de kalır kesinlikle.
 日本の歌のジャンルのひとつ・演歌は、きっとトルコ人に愛されると思っています。というのも、演歌には憂愁があるから。わたしたちの心は揺さぶられます、演歌を聴くと。
 そんな演歌の歌のひとつ『津軽海峡冬景色』を作曲した三木たかし氏が、きょう逝去されました。まだ64歳でした。残念です。でも、彼の作曲した素晴らしい歌は、これからも残ります、きっと。

 Tsugaru Kaikyoğ Fuyugeşiki - şarkıcı; Sayuri İşikawa
 ↑ Bunu tıklarsanız dileyebilirsiniz.

 Şarkı sözü;
 上野発の夜行列車 降りたときから
 青森駅は 雪の中
 北へ帰る人の群れは 誰も無口で
 海鳴りだけを 聞いている
 わたしもひとり 連絡船に乗り
 凍えそうな カモメ見つめ 泣いていました
 ああ 津軽海峡冬景色

 Ueno'dan yola çıkan gece treninden inince
 Aomori istasyonu, kar içindeydi.
 Kuzeye giden kalabalıkta hiç kimse konuşmuyordu
 Sadece denizin sesini dinliyordum
 Ben de yalnız gemiye binip
 Donduracakmış gibi martılara bakarak sızıyordum
 Aaa Tsugaru boğazının kış manzarası

 ごらんあれが竜飛岬 北のはずれと
 見知らぬ人が 指を指す
 息で曇る窓のガラス ふいてみたけど
 はるかにかすみ 見えるだけ
 さよならあなた わたしは帰ります
 風の音が 胸を揺する 泣けとばかりに
 ああ 津軽海峡冬景色

 Hadi bak Tappi burununa, Kuzeyin kenari diye
 Tanımadık arkadaşına söylüyor
 Sıcak havala kapanan pencere camını sildim de
 O burunu uzakta belirsizdi
 Hoşça kal aşkım, ben gidiyorum
 Rüzgarın sesi yüreğimi titriyor ağlasana diye
 Aaa Tsugaru boğazının kış manzarası


 Bu arada şimdi şarkıda söylenen gemi yok oldu. Bu geminin adı, ''Seikan Renraku-sen'' idi ve Aomori ve Hokkaidoğ'nun Hakodate'yi bağladı ama tünel yapıldıktan sonra son verildi.
 Şarkı videoda şarkıcı o geminin önünde şarkı söylüyor.
 ところで現在、歌に歌われている船はなくなりました。この船の名前は「青函連絡船」で、青森と北海道の函館を結んでいましたが、トンネルが作られた後、廃止されました。
 ビデオで、歌手はその船の前で歌っています。


 Bu şarkı da Takaşi Miki tarafından bestelenmiş.
 ''Tsugunai - Telafi''
 この歌も、三木たかし氏の作曲です。

2009-05-03

Utanç / 仏陀は恥辱のあまり崩れ落ちた

2009.05.04

 Japonya'da Nisanın 29u'ndan Mayısın 5'ine kadar ''Altın Hafta'' veya ''Büyük sıra tatil'' denilen tatildir. Nisanın 29u, Midori-no-hi (Yeşil günü; eski Japon İmparatorunun doğum günü), Mayısın 3ü, Kenpoğ Kinenbi (Anayasa günü), ve 5i, Çocuk Bayramı. Bu yüzden Nisanın 29u 'ndan Mayısın 5'ine kadar (bu neseki 6sına kadar) yaklaşık 1 hafta tatil olur.
 日本では、4月29日〜5月5日まで“ゴールデン・ウィーク”あるいは“大型連休”と言われる休暇です。4月29日はみどりの日(前の天皇誕生日)、5月3日は憲法記念日、そして5日は子どもの日。このため、4月29日〜5月5日まで(今年は6日まで)約1週間、休みになります。

 Bu sene arabaya ETC (Electronic Toll Collection System/Elektronik Ücret Toplama Sistem)'e ait kartını koyulursa karayolu ücreti 1000 yen olduğu için arabayla tatile çıkanlar çok (Tokyo ve Osaka'nın karayolu, bu sistemin dişında tutulur da).
 今年は、車にETCに関するカードを設置すると、高速道路の料金が1000円になるため、車で休暇に出かける人が多いです(東京と大阪の高速道路は、この制度の適用外なのだけど)。

 Bense hiçbir yere gitmeyerek evde rahat rahat oturuyorum. Sadece geçen cumartesi günü, arkadaşımla beraber sinemaya gittik. Filmin adı, ''Kodomo no joğkei / İngilizce adı; BUDDHA COLLAPSED OUT OF SHAME''dir.
 わたしはと言えば、どこにも行かずに家でのんびりと過ごしています。ただ先週の土曜日に友だちと映画に行きました。映画のタイトルは『子供の情景/英題:仏陀は恥辱のあまり崩れ落ちた』です。


 Çok etkileyici bir film idi.
 Japonya'da bu filmin ilanında şöyle yazılmış; Çocuklar, yetişkinlerin kurdukları dünyada yaşıyor. Yani çocuklar, seçemezler. Nerede doğacaklarını, hangi ve nasıl ülkede yaşayacaklarını seçemezler. Hepsini kabul edip yaşamaları lazım. Daha küçük oldukları için, yalnız yaşayamadıkları için, ne olursa olsun doğdukları yerde yaşamalılar.
 とても印象的な映画でした。
 日本では、この映画のチラシにこんなふうに書いてありました。「子供たちは、大人の作った世界で生きている」。つまり、子供たちは選べない。どこで生まれるかを、どの、どんな国で暮らすかを選べない。すべてを受け入れ、生きていかなければならない。まだ小さいから、一人で生きていくことができないから、何があろうと生まれた場所で生きなくてはならない。

 Dünya haksızdır. Onlara acıma duygusunu göstermek kolaydır. ''Ne kadar zavarlı çocuklar, Allah sizlerden razı olsun!!'' demek kolaydır. Evet, ben onlar için ne yapabilirim? Para göndersem iyi mi? O kıza bir defteri göndersem o, mutlu olacak mı?
 Yapabilecek şey, onları unutmamaktır, onlara ilgilenmektir bence. Eğer para göndersem sadece geçici olarak mutlu edebilir onu. Ama o kız gibi çocuklar çok. Galiba çoğalıyor. Sadece Afganistan'da değil, dünyada.
 世界は不公平です。彼らに同情を示すことは簡単です。「なんて可哀想な子供たち。彼らに神のご加護を」と言うことは簡単です。では、わたしは彼らのために何ができるでしょう? お金を送れば良いのでしょうか? あの少女に、ノートを送れば彼女は幸せになるでしょうか?
 できることは、彼らを忘れないことです。彼らに関心をもつことだと思います。たとえお金を送ってもただ一時的に幸せにするだけです。でも、彼女のような子供たちはたくさんいるのです。おそらく増えている。アフガニスタンだけでなく、世界で。

 Bu filmden aldığım mesajı unutmayayım. Çocuklar, bizim kurduğu dünyada yaşıyorlar. Daha iyi durumda yaşabilecekleri için sorumlu olduğumu unutamayayım.
 この映画から受け取ったメッセージを忘れません。子供たちは、わたしたちが作った世界で生きているのです。もっと良い世界で生きられるように責任があることを忘れません。

 Türkiye'de de bu film vizyona çıkmış. Haziran 2008'de gösterilmiş ''Utanç - Le Cahier'' adlı film olarak.
 Film izlemesi için tıklayın.
 Filminde kız şöyle diyor. ''Savaş oynama oynamayı istemiyorum.''
 Ve onun arkadaşı tarafından söylenilen bir cümle, hala kafamda kalıyor. ''Ancak ölürsen özgür olursun!''. Bu cümle Japoncaya şöyle çevirilmiş. ''Özgür olmak istersen öl!!'' Serbest olmak için ölmeliyseyiz ne dünya da yaşıyoruz???
 トルコでも、この映画は公開されたようです。2008年6月に『恥辱〜ノート』というタイトルで。
 映画で、少女はこう言います。「戦争ごっこをするのは嫌い」。
 そして、彼女の友だちによって言われた言葉が、耳に残っています。「死んだら自由になれるぞ!」。このセンテンスは、日本語ではこう訳されていました。「自由になりたかったら死ぬんだ!」。自由になるために死ななければならないとしたら、どんな世界なのでしょう?

 Defer varsa okula gidebilirim diye defter almaya çalışan kız, ''Okula gitmek istiyorum'' diyerek yürüyen kız, ümittir. Okula gitmek isteyen tüm çocukların okula gidebilecekleri dünyayı kurmalıyız. Sorumluluk bizde.
 ノートがあれば学校に行けると、ノートを手に入れようとする少女は、「学校に行きたいの」と言いながら歩く少女は、希望です。学校に行きたいすべての子供たちが、学校に行ける世界を作らなければなりません。責任はわたしたちにあります。

 Bu kampanya afişini tıklayın. Sadece tıklarsanız filmin dağıtım acentesi ve sponsorlar yerimize Afganistanlı çocuklara başta olmak üzere Asya ve Afrika ülkesinin çocuklara kitap gönderirler. Bir tıklama bir kitap olacak. (Bir kişi sadece bir kez tıklayabilir.) Kitap, Save the Children adlı NGO aracılığıyla gönderilir. Kampanya, bu film vizyonda olan son güne kadar sürer.
 このキャンペーン・バナーをクリックしてください。クリックするだけで、映画の配給会社とスポンサーが、わたしたちに代わってアフガニスタンの子供たちをはじめ、アジアやアフリカの子供たちに本を送ってくれます。1クリックが本1冊になります(1人1クリックのみ有効)。本は、セーブ・ザ・チルドレンというNGOを通じて送られます。※キャンペーンは映画公開終了まで続きます。

2009-04-29

Türk kadını, Japonya'dan ödülü aldı / ヌル・カラコチ女史が旭日双光章受賞

2009.04.29

Japonya'da yılda iki kez, bahar ve sonbaharda Devletten ödül, yani medalya verilir devlet için veya toplum için güzel çalışanlara. Bu medalya, sadece Japonlara değil, yabancılara da verilir. Mesela bu baharın ödülü sahibinin listesinde Joseph Sepp Blatter (FIFA başkanı)'ın ya da Clint Eastwood (ABD'li sinema oyuncusu, yönetmen, yapımcı, besteci)'nin adı da bulundu.
 日本では1年に2回、春と秋に国から章が、つまり勲章が贈られます、国や社会に貢献した人たちに。この勲章は、日本人だけでなく、外国人にも贈られます。たとえば、この春の受賞者リストには、ジョセフ・ブラッターFIFA会長や、米国人映画俳優・監督・製作者・作曲家のクリント・イーストウッドの名前もありました。


Ve bir daha ilgimi çeken ad vardı.
 そして、もうひとつ、わたしの興味を引く名前がありました。

Nur KARAKOÇ (62), Türk - Japon Kadınları Dostluk ve Kültür Derneği'nin eski Başbakanı
 ヌリ・カラコチ(62歳)、トルコ日本婦人友好文化協会 元会長
Yukarıdaki fotoğrafda oturan bir kadın, Nur hanım'dır (Türk Japon Vakfı'ndan kopyaladım)
 上の写真で、座っている女性がヌル女史です(写真は、日土基金から拝借しました)

Onun dernekteki etkinliklerle aldığın medalya, Kyokujitu Soğkoğ Şoğ adlı medalyadır. (Aferin!!)
Sağdaki fotoğraf, Kyokujitu Soğkoğ Şoğ (İngilizce adı, The Order of the Rising Sun, Gold and Silver Rays)dır.
 協会での活動により、彼女が受賞したのは、旭日双光章という名前の勲章です。(素晴らしいっ!!!)
 左の写真が、旭日双光章です。
 トルコ日本婦人友好文化協会 http://site.mynet.com/tjkdkd/

Şimdi Nur hanım, derneğin başbakanı değil ama Ankara'daki Türk Japon Vakfı'nın üyesidir.
 現在、ヌリ女史は協会会長ではありませんが、アンカラの日土基金のメンバーを務めています(というか、そもそも設立メンバーのひとりのようです)。


Bir gün ben de onun gibi Türkiye - Japonya dostluk için birşey yapabilsem sevinirim.
 いつか、わたしも彼女のように、トルコと日本の友好のために何かできたら、嬉しいなぁ。

 Bu arada listede Osaka yabancı Dil Üniversitesi (şimdiki Osaka Üniversitesi)'nin eski konuk profesörü, Hashem RAJABZADE adlı İranlı da vardı. Ona da teblik ediyorum ve bir gün hocamızın da öyle medalyanı verilmesini dilerim. Çünkü onun yaptıkları da Türkiye ve Japonya dostluğa çok yararlı ve etkileyici olduğunu düşünüyorum.
 ところで、リストには大阪外語大学(現・大阪大学)の元客員教授、ハーシエム・ラジャブザーデというイラン人の名前もありました。彼を祝福しつつ、いつかわたしたちの(トルコ語の)先生がこんな勲章を贈られることも願っています。彼がやってきたことは、トルコと日本の友好に役立っているし、効果的だったと思うから(進行形だし)。

2009-04-24

Anlaşmak / 理解しあうこと

2009.04.25

 先日、“理解しあうこと”について書いたのだけど、そのあと書いた文章を読み直していて、あることを思い出しました。
Geçen gün ''anlaşmak'' hakkında yazdım ve sonra yazdığım cümleleri tekrar okuduğumda bir şey aklıma geldi.


 それは2005年2月、わたしが初めてトルコを訪れたときのこと。宿泊していたイスタンブルのあるホテルで、ある晩レセプションの男性陣と話し込みました。なんで話し込むことになったのか、部屋でトラブルがあって声をかけたときだったか、それともちょっと遅く帰って来て他に客も見当たらない時間だったか。もう覚えていない。
Şubat 2005te, ben ilk kez Türkiye'yi gezdim. Kaldığım İstanbul'un bir otelde bir gece misafir kabulündeki erkeklerle konuştuk. Niye konuşmaya koyulduğumu hatırlamıyorum şimdi. Kaldığım odada bir sorun vardı ve onlara yardım istediğim zaman mıydı ya da oetle biraz geç geldiğim zaman mıydı acaba??? Artık hatırlamıyorum.

 とにかく、チャイ片手にトルコのことや、宗教のこと、国際関係のことなど、つたない英語で互いの考えを話したのです(そのとき彼らは中東世界=イスラム世界に対するアメリカの陰謀説をいろいろ語っていた)。1時間か2時間か、とにかく長く話した後に彼はこう言ったのです。「キミたちには、ボクたちのことが理解できない」と。別に、ケンカを売られたわけじゃない。ただ淡々と彼はそう言ったのです。
Neyse çay içerek onlarla beraber Türkiye, din ve uluslararası ilişkiler hakkında konuştuk, İngilizcem de zayıf olmasına rağmen... (O zamanda onlar ortadoğu dünyası, yani müslümanlık dünyasına karşı Amelika'nın komplosunu söz ediyorlardı.) Bir saat sonra mı veya iki saat sonra mı, neyse uzun uzun konuştuktan sonra onlardan biri şöyle dedi. ''Sizler bizi anlayamazsınız''. Bu cümlede bana kızdığı gibi ortam yoktu. Çok iddialı değildi, sadece öyle dedi.

 ーーそのときは、なんでそんなふうに言うんだろう? 理解しあおうと思っても、最初から無理だって言われたら、こっちは成す術がないじゃないか、と思いつつ若干反論を試みたものの、彼はやっぱり繰り返したのでした。「知ることはできても、理解はできないよ」。
O zamanda, niye öyle diyor? Anlamak istediğimde öyle derse hiç çaresi yok ki... diye düşünerek biraz ona karşı çıkmaya çalıştım. Fakat, yine de tekrarladı. ''Bilebilirsiniz de anlayamazsınız...''

 “キミたち”というのが、“キミたち日本人”という意味だったのか、それとも“キミたち旅行者”という意味だったのか、いまとなっては確かめようがありません。でも、ある意味的を得た指摘だったと、いま思います。ただ、トルコに長いあいだ住んでいる日本人の方々を見ていると、トルコで暮らし、トルコの人たちといろんなレベルで知り合い、語り合っている姿を見ると「理解できない」と断言はできないようにも思います。
''Siz'' anlamının ''Siz Japonlar'' mı ya da ''Siz turistler'' mi, hangi anlamına geldiğini şimdiden bilemem de bir bakıma doğru belirttiğini düşünüyorum. Yine de Türkiye'de uzun zamandır oturanları gördükçe, Türkiye'de yaşayarak Türklerle çeşitli yerlerde tanıyıp konuşanları bildikçe ''Anlaşamazlar'' diye ısrar edemez ki bence. (Yani ben de yavaş yavaş anlaşabileceğimize inanıyorum.)

 100%分かりあうなんて、人間対人間のあいだでは不可能かもしれません。それでも、知りたい、理解したいという気持ちを持つことは大切だと思うし、それが第一歩だと思う。そして、長く付き合っていくなかで、わずかでも「理解しあえた」という感覚が共有できれば、それはとても素晴らしい瞬間だと思います。わたしも、そういう瞬間瞬間を積み重ねていければ、と心から願っています。
Yüzde yüz anlaşmak, insanların arasında mümkün değil diyebilirim. Ne de olsa Bilmeyi istemek, anlamayı istemek, böyle dilemek önemli ve anlaşmamızın ilk adımıdır bana göre. Ve uzun uzun dostluk yetiştirdiğimizde az bile ''Anlaştık'' hisini paylaşabilersek ne kadar güzel!!! Değil mi? Ben de öyle anlaşabileceğimizi diliyorum.

Yukarıdaki fotoğraf: İstanbul'da kaldığım otelden çektim. İstanbul Boğazı

Soldaki fotoğraf: Karlı Kapadokya ve Pamukkale'nin güzel manzarası

2009-04-23

Bir yazar, Kaho Nashiki / 作家・梨木香歩

2009.04.23

 梨木香歩さんの『ぐるりのこと』という本(ISBN-13: 978-4104299041)を読みました。相も変わらず、“トルコ”というキーワードで探してヒットしたから、というのがこの本を手に取った理由。紹介文には、こう書いてありました。「イギリスの断崖に立って思ったこと、トルコの女性に出会った話…。喜びも悲しみも深く自分の内に沈めて、今いる場所から、一歩一歩確かめながら考えていく。静かに、丁寧に、世界と心かよわせるエッセイ」。
Kaho Naşiki'nin ''Gururi no koto / Çevirimdeki şeyler (ISBN-13: 978-4104299041)'' adlı bir kitabını okudum. Her zamanki gibi ''Türkiye''yi anahtar kelime olarak kütüphanede araştırıp buldum, bu kitap okdığımın nedeni bu. Kitabın tanıtımında şöyle yazılmış, ''İngiltere'nin bir uçurumunda ne düşündü? Türk hanımla buluştuğu bir hikaye... neşe ve acıyı derin derin içine koyarak şimdi ayakta kaldığı yerden adım adım düşünerek yürür. Sakince ve dikkatlice bu dünyayı anlamaya çalışarak yazdığı makaleler...''. (Japoncayı iyice çeviremem ki.. ne kadar anlatabildiğim bilmem... özür dilerim)

 トルコのことは、「風の巡る場所」というエッセイとして収められていますが、別にトルコを紹介するつもり書かれたエッセイではなく、彼女がそこで感じたことに重点が置かれています。そのほかの章でも、人と人の“あいだ”ということに焦点が置かれているように感じました。彼女がトルコを旅したのは、ちょうどアメリカがイラク攻撃に入る前のきな臭い時期。そのなかで彼女は、言葉が通じるということのネガティブな側面を語っていました。
Bu kitapta, ''Rüzgarın dolaştığı bir yer'' başlıklı bir bölümde Türkiye hakkında yazılmış. Ama Türkiye'yi tanıtmak için değil, sadece yazar, Kaho Naşiki'nin orada ne hissettiği yazılmış. Başka bölümünde de insan ve insanın arasına odaklaşarak yazıldığını hissettim. Yazarın Türkiyeyi dolaştığı sürede Amelika Irak'yı saldırmak istiyor ve saldırmaya hazırlıyordu. Öyle ortamda o, dilin olumsuz yönünü düşünüyormuştu.

 言葉が通じ、相手の言っていることが分かれば理解も深まる。実際、わたしもそう思っていました。言葉を知るというのは、相手の文化を知ることであり、また相手を理解するための第一歩だと。でも、そこに梨木さんは疑問を呈します。
 言葉が通じることで返って、分かりあえた気になってしまう。あるいは知れば知るほど違いが浮き彫りになって嫌悪感が増す。そういうアンヴィヴァレンツを基軸として人種憎悪の巨大な負のエネルギーが増すばかりではなかったか、と。親和的に共感を育む、ということにおいて、言葉は必ずしも必要ではないのではないか、と。また、こうも書いています。「外国語を学ばねばならない、というプレッシャーはまた、ほとんど強迫観念のように日本人に付きまとうけれども、徹底的に分かりたいと思うのは、征服したいという衝動とほとんど同じなのではないか」。
Eğer karşıdakilerin dilini bilip söylediklerini anlarsak birbirlerimizi daha kolay anlaşabiliriz. Ben öyle düşündüm aslında. Dil bilmek, karşıdakilerin kültürünü ve tarhini bilebilmek ve onları anlayabilmek için bir adım diye. Ama yazar, bu konuda süpheleniyor.
Dil bildikçe karşıdakilerini tam olarak anladığı gibi hissediyoruz bazen. (Hala anlamadığımız çok şey olduğuna rağmen anlar olduğumuzu gibi yanlış anlıyoruz.) Ya da bildikçe farkımızı fark edip karşıdakileri beğenmez oluyoruz. Bilmek ve Anlamak aynı değil. Öyle ambivaransyı temel olarak nefret adlı kocaman olumsuz enerji çoğalıyor aramızıda diyor yazar. Arkadaşça anlayışı yetiştirmek için dil bilmeze de olur diyor. Aynı zamanda şöyle diyor. ''Yabancı dilini öğrenmeliyiz gibi baskıyı hissediyorlar Japonlar, fakat tam olarak anlamayı istemek fethetmek ile az daha aynı anlama mı gelebilir???''.

 これらは1冊の本の、ある一部分だけ、を抜き出したものなので、その“部分”だけを見て彼女が書きたかったことを判断することはできません。でも、トルコ語を習う一人として、自分を省みる機会をくれました。
Bunlar, bir kitabın sadece bir kısımıdır. Bu yüzden sadece kısım kısım okuyarak yazarın ne yazmak istediğini, ne iletmek istediğini tahmin etmek mümkün değil. Ama Türkçe öğrenen biri olarak kendimi hatalı bulmak için çok etkileyiciydi.

 「どうしてトルコ語を学ぼうと思ったの?」とは、よく聞かれる質問です。トルコと、トルコ人が好きになったから。もっともっと理解したいと思ったから。でも、その先に“知った気になる”“分かった気になる”という罠にはまる恐れは確かにあります。言葉が100%理解できたからと言って、相手を100%理解できるわけではない。日本語を喋る日本人の気持ちや思いを100%理解できないのと同じように、言葉が分かったからと言って、トルコやトルコ人を理解できたことにはならない。分かれば分かるほど、相手の良いところも見えてくれば、悪いところだってどんどん見えてくるわけで。それが嫌悪感につながらないとも言い切れない。
 徹底的に分かりたいという思い=征服したいという衝動、には賛同できないけれど、言葉を理解した=相手を理解したという誤解には陥る可能性があるな、と。
''Niye Türkçe öğrenmek istiyorsun?'' Bu en çok dinlediğim bir sor Türklerden. Ben şöyle cevap veriyorum. Türkiye'yi ve Türkleri çok sever oldum, daha çok sizleri anlamak istediğim için. Ama gelecekte onları tam olarak bildiğim gibi, anladığım gibi davranmam ihtimal var. Dili yüzde yüz anlarsak karşıdaki kişiyi yüzde yüz anlayamaz. Yani yüzde yüz anlamak mümkün değil ki. Japoncayı konuşan bir Japonun duygusunu ya da düşüncesini yüzde yüz anlayamadığım gibi dili bilersek bile Türkiye'yi ya da Türkleri anladım diye diyemem, değil mi? Onları bildikçe hem iyisi hem kötüsü de görebilirim. Kötüsü gördükçe de Türkiye mükemmel bir ülke diyebilir miyim acaba...??? (evet, bu dünyada mükemmel olan hiçbir şey yok ki...)
Tam olarak anlamayı istemek, fethetmek ile aynı diye düşünmüyorum. Bu fikrine katılmıyorum. Ama yıkarıda yazdığım gibi hata yapabilirim gelecekte.

 また、別の章ではこんなことが書かれていました。「甘やかな連帯は、そういう、そこはかとないとろこで止めておくのが健やかさを保つ鍵である。その快感への渇望が暴走すると、異分子を排除しようと痙攣を繰り返す異様に排他的な民族意識へと簡単に繋がる」。

 この一文は、世界各地における民族紛争や、宗教的対立、もっと近いところで言えば学校でのいじめとか、職場でのパワハラ、を連想させます。“群れ”の基準が何であれ、確かに“群れ”は一種の安心感を生むし、自分の力以上のことができてしまうような幻想をも生み出します。でも、それ自体が“悪”なのではない。ただ万能ではない。“群れ”から外れた者を疎外し、悪者呼ばわりすることで、自分が“群れ”の側にいるのだと安心するのも、やっぱり違う気がするし。

 わたしたちは個であり、集団でもあります。わたしのパスポートには「国籍 日本」と書かれているし、トルコで出会った人たちが、わたしを見て“これが日本人なんだ”と感じることもあるでしょう。だからこそ「日本人って嫌なヤツだな」と思われないようにしないと、という思いもどこかであります。一方で、そんな大きな集団を代表することなんてできない、わたしは個人であって、日本代表じゃないんだから、とも思う。

 んー、なんだか今日は難しい話になってしまった。梨木さんの『ぐるりのこと』は、本当にいろんなことを考えさせてくれる本です。これに影響されて、前に読んだことのある梨木さんの小説『村田エフェンディ滞土録(ISBN-13: 978-4048735131)』を再び読んでみると、前よりもずっとずっといろんなことが見えて来た気がしました。映画『恋人たちの距離(ディスタンス)』のなかで、「神様がいるとしたら、それは人のなかにいるんじゃない。人と人のあいだにいるのよ」って言葉があったけれど、本当に大切なことって、もしかしたら人と人の“あいだ”にあるのかもしれないなー、なんて、わたしの思索はあちこちに飛び跳ねていくのです。

Japonca olarak yazdığım herşey Türkçeye çeviremiyorum Türkçem zayıf olduğu için. Kusura bakamayın...

Bu arada bu kitap okudukutan sonra yazarın başka kitabını da okumak isteyip okudum. Kitabın adı, ''Murata efendi Taito-roku / Murata efendi'nin Türkiye'deki günlüğü''dür. Eskiden okuduğumdan daha iyice anlayabildim ne yazdığını. Ve ''Gün Doğmadan'' adlı filmdeki bir cümle aklıma geldi. ''Eğer tanrı var olursa o, insanın arasında galiba''. Evet gerçekten önemli bir şey sanki insanların arasında var olabilir. Öyle düşüncem oraya buraya hoplıyor şimdi de...

2009-04-17

Ana+Dolu=Anadolu/女神あふれる大地

2009.04.17

Geçen gün ''Ayın bana verdiği aşk/Tuki ga kureta Aşk'' adlı bir kitap okudum. Bu, 1995 yılında Gentoğşa(幻冬舎)'dan yayınlamış olan, yazar Yoğko Minakami tarafından yazılmış olan bir romandır.
Şimdiye kadar Yoğko Minakami'nin eserlerini hiç bir kez okmamıştım. Ama bu romanda bir bayanın Türkiye sehayatini yazılır bu yüzden elde etmiştim. Bu bayan, Türkiye'ye tanrıça medeniyetlerini araştırmak için gider. Çatalhöyük, Anadolu Medeniyetleri Müzesi, Truva, Bodrum'daki Halikarnas Mozolesi, Didim'deki Apollon tapınağı ve Efes gibi arkeolojik kazı yerlerine...

Türkiye'de çok eskiden tanrıça medeniyetlerini vardır... O zamanlarda bu toprakta yaşayan herkes, her yaratık, yani insan, hayvan, doğa hepsi aşk ile bağlanarak barış içinde yaşamış... ama bu aşk döneminden sonra güç dönemi (savaş dönemi, ya da güç sahibi olanların dönemi denebilir) gelmiş... ve bu dönem hala sürüyor... böyle yazıldı kitapta...

Bu doğru olup olmadığını bilmem ama ne yazıldığını anladım yüreğimin içinde.

Ayrıca kitabın içinde çok etkileyici olan bir cümle vardır.
''İngilizcede Anatolia diyoruz ama Türkçede bu Anadolu. Anadolu'nun 'ana', ana olan tanrıça anlama gelir ve 'dolu', dolmaktır. Yani Anadolu, tanrıça ile dolu olan yerdir.''
Bu da doğru olup olmadığını bilmem de... bir anlamda çok güzel bir görüşdür. Hatta Türkiye'deki arkeolojik kazı yerlerinde çok tanrıçanın figürleri bulunmış ki...


Neyse... aşk ile bağlanan bir dünya vardıysa... şimdiye kadar sürdiyse... günümüzdeki sorunlar daha çok az olabilir de...
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 先日、『月がくれた愛人(アシック)』という本を読みました。これは、1995年に幻冬舎から発行された、作家・水上洋子によって書かれた小説です。
これまで水上氏の作品は一度も読んだことがありませんでした。けれども、この小説ではひとりの女性のトルコの旅が描かれています。だから手に取ったのです。この女性は、女神の文明を探しにトルコへ行きます。チャタルヒュユク、アナトリア文明博物館、トロイ、ボドルムにあるマウソロス霊廟、ディディムにあるアポロン神殿、そしてエフェスといった遺跡へ……。

 トルコには、かつては女神の文明があった。その頃、この大地に暮らす皆、すべての生き物ー人、動物、自然、すべてが愛によって結ばれながら平安のうちに暮らしていた。しかし、この愛の時代の後に力の時代(戦いの時代、あるいは力を持つものの時代とも言える)がやってきた。そして、その時代はまだ続いている……。そんなふうに書かれていました、本には。

 これが正しいのか、正しくないのかは分からないけど、書いてあることの意味は分かりました、心の奥で。

 また、この本のなかには、とても印象的な一文がありました。
「英語ではアナトリアというけれど、トルコ語でそれはアナドル。アナドルの“アナ”は母なる女神という意味で、“ドル”は満たすということ。つまり、アナドルとは、母なる女神にあふれた土地なのだ。」
これも正しいのか、間違いなのかは分からないけれど、ある意味とてもステキな見方、考え方です。実際、トルコの遺跡ではたくさんの女神像が見つかっていますし。

 どうであれ、愛によってつながれた世界があったとしたら、現在まで続いていたとしたら、今日の問題はもっと、ずっと少なかったかもしれませんね。

2009-04-09

Haiku

2009.04.09

Dün TÖMER'in web sitesinden ''Yeni Hitit3'ün örneklerini indirdim. Web sitesine göre nihayet 15 Martta yeni öğretim seti çıkmış. (2007 yılında ben Türkiye'deyken de yeni kitaplar çıkar çıkar dediler de geçen ay çıkmış... ) Ve örneğin sayfasında ''Japonya'nın Şiir Geleneği: Haiku'' başlıklı bir metni bulup şaşırdım. Metin şöyle. Konuşma biçiminde yazılmış.
 きのう、トメル(アンカラ大学が運営する語学学校)のウェブサイトから“イェニ・ヒティット3”の見本をダウンロードしました。ウェブサイトによると、やっと3月15日に新しい学習セットが出たようです(2007年、わたしがトルコにいるときにも新しい本が出る、出ると言われていましたが、先月出たみたい・汗)。そして、見本ページで『日本の伝統詩:俳句』というテキストを見つけて驚きました。テキストはこう。会話調で書かれています。

Serkan: Gazetedeki haberi gördün mu? ''Japonya'nın en önemli Haiku Ödülü'nü Yelda Karataş adında bir Türk aldı.'' yazıyor. (*benim araştırmama göre ''en önemli Haiku Ödülü, Mainichi gazetesi tarafından düzenlenmiş ''Mainichi Haiku Taysoğ'dur.)
セルカン:新聞のニュースを見たかい? 「日本の一番重要な俳句大賞をYelda Karataş/イェルダ・カラタシュという名前のトルコ人が受賞した」って書いているよ。(※わたしの調べたところによると、“一番重要な俳句大賞”とは、毎日新聞が主催している“毎日俳句大賞”です)

Pelin: Haiku'yu daha önce duymuştum. Japon şiiri galiba değil mi?
ペリン:俳句って以前に聞いたことがあるわ。日本の詩じゃなかったかしら。

Serkan: Evet. Haiku'nun açıklamasını da yapmışlar gazetede. Haiku, yaklaşık 500 yıllık bir Japon edebiyat sanatıymış. En basit tanımı ile üç mısralık kısa şiir demekmiş. 3 mısra ve 17 Japon karakterinden (veya heceden) oluşmalı, bu 17 hecenin mısralara dağılımı 5-7-5 olmalıymış örneğin. Klasik Haiku'da mutlaka mevsimsel bir öge, tabiattan bir parça veya anlık bir duygunun betimlenmesine yer verilmesi gerekiyormuş, günümüzde ise her konuda Haiku yazılabiliyormuş.
セルカン;そう。俳句の説明もしているよ、新聞で。俳句は約500年続く日本文芸だって。最も基本的な定義は3行からなる短い詩。3つの行と17の日本語の言葉から(あるいは音節から)構成され、その定型は17の音節が行によって5-7-5にならなければならない。規定の定型に従った俳句では、必ず季節の要素(季語)、自然を言い表す部分、あるいは瞬間的な心情を描写しなければならない。現在でも、あらゆるテーマで俳句は詠まれているんだって。

Pein: Çok enteresan. Peki hangi şiirle kazanmış bu ödülü, onu da yazıyor mu?
ペリン:とても興味深いわね。それでどの詩が受賞したの、それも書いている?

Serkan: Evet, dinle bak:
Ne kadar yakın ölüme
Unutlumaz çocukluğumun
Ağır çiçekli ıhlamur ağacı

セルカン;うん、じゃあ聞いて。
なんと近き死 忘れられない 子どもの頃の 花咲くシナの木

Pelin: Normal şiirden farklı biraz.
ペリン:普通の詩とは違うわね、ちょっと。

Serkan: Evet, Haiku yazmak şiir yazmaktan daha zormuş. Şair Haiku'yu anlatırken diyor ki: Haiku'da imge kullanamıyorsunuz Nesneyi anlatacaksanız o nesnenin kendisini söylemek zorundasınız. Normal şiir gibi metafor ve simgeler kullanamıyorsunuz.
セルカン:そうなんだ。俳句を詠むことは詩を書くことより、さらに難しいらしい。俳人は俳句を説明するとき、こう言うんだ:俳句においてはイメージを使えない。事物を説明するとしたら事物の身になって詠まなければならない。通常の詩のようにメタファー(隠喩)やイメージは使えない。

Pelin: Başka örnekleri var mı?
ペリン:他にも参考になる詩はある?

Serkan: Var. Haiku'nun ustası olarak kabul edilen Matsuo Baso'dan da bir örnek vermişler:
Şu büyük meşe ağacı
Açan çiçeklere kayıtsız
Daha soylu

樫の木の 花にかまはぬ 姿かな
(Ses: Kaşi no ki no Hana ni kamawanu Sugata kana)
(……と思われます。直訳すると「その大きな樫の木は 咲く花を意に介さず いっそう威風堂々と」といった感じ?)

Bir tane daha var:
Sallanıp durur
Sarmaşıkların sardığı köprü
Hayatımız gibi

桟橋(かけはし)や 命をからむ 蔦葛(つたかずら)
(Ses: Kakehaşi ya İnoçi o karamu Tutakazura)
(…でしょう、おそらく。直訳すると『すがり留まる 蔦葛が巻きつく架け橋(の様は) われらが命のごとき』……スミマセン、拙訳です・汗)

Pelin: Çok güzel. Haiku, görülenleri ve hissedilenleri kısa ve etkileyici biçimde yansıtıyor. Bir görme biçimi sanki. Sıradan olaylar içinde bir ''an''ı yakalayıp onu anlatıyor.
ペリン:とっても素敵。俳句は、見られたもの、感じられたことを短く印象的な方法で映し出しているわ。視覚的なスタイル(写生的)なのね。1行から出来事のなかにある一瞬を捉えて、それを表現しているわ。

Serkan: Evet, incelikle işlenip okuyucuya sunulan ve Japon yazınında önemli yere sahip Haiku'nun bu özelliği de onu diğer şiirlerden ayırıyor.
セルカン:そう。機微によって潤色し、詠む人に差し出される、日本文芸において重要な位置を占める俳句は、この特徴が他の詩歌とも異なるんだ。

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Genelde herkes Haiku okumaz. Ben de öyle. Ama bazen televizyonda Haiku programını izliyorum. Eğer Haiku okuyabilsem değişen mevsimi, değişen manzarayı daha iyi hissedebilmeliydim. Günümüzün içinde var olan küçük küçük şeylere fark edebilmeliydim... Haiku, yüreğimizde resim yazmak gibi... Her gün böyle resim yazabilirsem hayatım daha neşeli olabilir de...
ふつう、みんな俳句は詠みません。わたしもそう。でも、ときどきテレビで俳句番組を見ています。もし、俳句を詠むことができたなら、変わりゆく季節を、変わりゆく眺めをもっと感じられたはずです。毎日の中に存在する小さな小さな出来事に気づけたはず。俳句は、心で絵を描くごときもの。毎日そんなふうに絵を描けたら、人生はもっと楽しくなるんだけど……。

2009-04-08

Sakura Mevsimi Geldi/ 桜の季節、到来

2009.04.08

Nihayet ''Sakura Mavsimi'' geldi. Her yerde Sakura çiçeği açıp bizi eğlendiriyor... Bu, iki gün önce Himeji Kalesi'ne gittiğimde çektiğim Sakura fotoğraflarıdır.
 とうとう桜の季節がやってきました。あちこちで桜の花が咲いて、わたしたちを楽しませています。これは2日前、姫路城に行ったときに撮った桜の写真です。

Biz Japonlarımız Sakura çiçeğini çok seviyoruz eskiden. Türk olan arkadaşlarımdan biri her baharda Sakura çiçeğini görünce ''Patlamış mısır gibi'' derdi. O zamanlarda niye böyle dediğini anlayamadım da şimdi biraz anlar oldum. Doğrusu Sakura çiçeği dalların üstünde patlamış gibi açar.
 わたしたち日本人は桜の花がとても好きです、昔から。トルコ人の友だちのひとりは、いつも春に桜の花を見ると「ポップコーンみたいだ」と言っていました。そのころは、どうしてそう言うのか分からなかったけれど、いまはちょっと分かるようになりました。実際、桜の花は枝の上で弾けるように咲きます。

Sakura çiçeği, bize göre baharın simgesidir. Ve sakura çiçeği bizi duygulandırır. Niyeyi bilmem de çok eskiden, yani Heian döneminden itibaren Sakura, hem Waka(Japonyanın geleneksel şarkıların birisi)da hem de Haikuda söylenirdi. Ve sadece ''hana (çiçek)'' denirken Sakura belirtilir.
 桜の花は、わたしたちにとって春の象徴です。そしてわたしたちの心を動かします。どうしてなのか分かりませんが、とても昔、平安時代から桜は和歌や俳句でも詠まれてきました。そして、ただ「花」という場合も桜を指します。

Samazama no koto omoidasu sakura kana.
Bu Haiku, ünlü bir Haiku şairı olan Basho Matsuo'nun bir eseridir. Anlamı, ''Sakura çiçeğini görünce hayli anılarımını anımsarım''dır. Bu kadar Sakura, anılarımızla ilgilidir Japonlar için.
 「さまざまの こと思い出す 桜かな」 この俳句は、有名な俳人・松尾芭蕉の作品です。意味は「桜の花を見ると、とてもたくさんのことを思い出す」。それほどまでに、桜は思い出に関係しているのです、日本人にとって。

Şimdi de Sakura, bir çok pop şarkıları da söyleniyor. Bir hafta önce televizyonda ''Sakurayı anımsadığınız şarkılar'' adlı program vardı.
En hatırlanan şarkı, Naotaroğ Moriyama'nın ''Sakura'' oldu. *Bu cümledeki Sakurayı tıklarsanız şarkını dileyebilirsiniz.
İkincisi Kobukuro'nun ''Sakura'', üçüncüsü Masaharu Fukuyama'nın ''Sakura-zaka / Sakura Yokuşu'' sonucu çıktı. Ve şu seçilen şarkı listesindeki en sevdiğim şarkı, Kyoğgo Kawaguçi'nin ''Sakura'' idi. Şarkı sözü şöyle...
 いまでも桜は、たくさんのポップ・ソングで歌われています。1週間前、テレビで「桜を思い出す曲」というプログラムがありました。最も思い出された歌は、森山直太朗の『桜』でした。2番目はコブクロの『桜』、3番目は福山雅治の『桜坂』という結果でした。そして選ばれた歌のリストのなかで、わたしが一番気に入ったのは河口恭吾の『桜』でした。歌詞はこうです。

Ben yanındayım
Seni güldüreyim
Sakuranın dans ettiği mevsimi sayarak
Seninle yürüyeyim

Ben yanındayım
Seni güldüreyim
Sakuranın dans ettiği mevsimi sayarak
Seninle yürüyeyim

Güneşin gözülerimi kamaştırdığı sabah
Bilmem de yüreğim parçalardı
Nedeni arayarak sana bakıyordum
Gözyaşlarımızla ıslan gece ay ışığından titriyorduk
Beraber

Ben yanındayım
Seni güldüreyim
Gökyüzüyü göremediğimiz şehirden kaçıp
Gökkuşağını aramaya gidelim

Her zaman yanındayım
Seni güldüreyim
Tatlı tatlı rüzgarla
Seninle yürüyeyim
Seninle yaşayayım

Sen burada
Sen burada
Her zaman yanındayım

僕がそばにいるよ  きみを笑わせるから
桜舞う季節かぞえ  きみと歩いていこう

僕がそばにいるよ  きみを笑わせるから
桜舞う季節かぞえ  きみと歩いていこう

まぶしい朝は なぜか切なくて
理由をさがすように きみを見つめていた
涙の夜は月の光に震えていたよ  ふたりで

僕がそばにいるよ  きみを笑わせるから
空のない街抜け出し  虹を探しに行こう

いつもそばにいるよ  きみを笑わせるから
やわらかな風に吹かれ  きみと歩いていこう  きみと歩いていこう

きみがいる  きみがいる  いつもそばにいるよ


Bu şarkıda Sakura bir nokta olur. Sakurayı bir nokta olarak düşünerek sevdiği kişiyle beraber yaşayayım diyor. Bu çiçeği mutlaka Sakura olmalı. Çünkü bahar Japonya'da başlayış mevsimidir. Bu yüzden bu şarkı, evlenme teklifi de denebilir. Ne kadar romantik!! Böyle söylenirse mutlaka evlenirim, değil mi?
 この歌における桜は、節目です。桜をひとつの節目として好きな人とともに生きていこう、と言っています。この花はぜったい桜でないといけません。だって、春は日本では始まりの季節。だから、これはプロポーズの歌とも言えます。なんてロマンチック♪ こんなふうに言われたら、ぜったい結婚しちゃいます、よね?

2009-03-23

Singapur'da Merhaba!!

2009.03.23

19 Marttan düne kadar Singapur'daydım. Niye Singapur'a gittim? bu ayrı bir hikaye de orada da Türkiye ile karşılaştım.

O kadar Singapur hakkında bilmedim, bilmeye çalışmadım, Singapur'da neyi izlemek itemedim zira benim işim için değildi oraya gitmek. Fakat gideceğim bir gün önce rehber kitabını almaya gidip biraz alaştırdım Singapur'u. ''Little India'' adlı mahalle ve ''Arab Street'' sokağın çevresi beni ilgilendirdi.

 3月19日からきのうまで、シンガポールにいました。なぜシンガポールに行ったのか……は、また別の話ですが、そこでトルコと出会いました。
 それほどシンガポールについて知らなかったし、知ろうともしませんでした。シンガポールで何かを見たかったわけでもありません、わたしの用事のためではなかったので、そこへ行くことは。でも、出発の前日にガイドブックを買いに行き、少しシンガポールを調べ、“リトル・インディア”という街区と、“アラブ・ストリート”に興味を持ちました。


Singapur'daki ikinci gün, oraya gittim. Arab Street'deki Masjid Sultan (Sultan Cami), Türkiye'de bulunan camilere hiç benzemezdi. Burası, Singapur'da en büyük ve eski camiymiş de görüntüsü Taçi Mahal gibidi ve içi mimari de çok basittir. Türkiye'de gördüğüm camiler gibi süsleme yoktu. (Yakında 'Masjid 'Malabar'' adlı bir başka camisi vardı ve süsleme daha güzeldi)

 シンガポールでの2日目、そこに行きました。アラブ・ストリートにあるサルタン・モスクは、トルコで見られるモスクにはまったく似ていませんでした。ここは、シンガポールで最も大きく、古いモスクらしいのですが、見た目はタージ・マハルのようで内装もシンプル。わたしがトルコで見たモスクのような装飾はありませんでした(近くに“マラバル・モスク”という名前の別のモスクがあり、こちらの方が装飾的でした)。

Ondan sonra caminin yanında bulunan Bussorah Street'i geziyordum ve iyice bildiğim lale resimli İznik çinileri aniden gözlerime geliverdi. ''Bu ne? Niye burada böyle şey var?'' düşünerek yakınlaşınca taberada ''ALATURKA'' diye yazılmış. Evet!! Buldum burada da Türk restoranını!!! Sonra bu mahalleyi dolaştım ama başka türk restoranını bulamadım ve gene oraya döndüm. (Daha sonra Arab Street'te ''Sufi'' adlı diğerini buldum ama dışardan bulunabilen mutfakta bir Türk bile görünmedi)

Sabahtan beri 3 saattir gezdiğim için boğazım yanıyordu, ''ALATÜRKA''ya dönünce hemen aylanı alıp terasta içiyordum. İçim rahatladı ve kapıda Türk gibi görünen bir adam olduğunu fark ettim. ''Türk müsün?'' diye Türkçe olarak sorunca ''Evet, Türküm, ya sen?'' diye cevap geldi. Hemen ona inanamadım, evet onun Türk olduğu gibi gözüktü de orası Singapur'dur. Singapur ve Türk, bunlar benim içimde bağlamadı hemen. Ve tekrar ''Gerçekten Türk müsün, niye Singapur'a geldin???'' diye soruverdim.
Onun adı, Semih'di Amasya'dan Singapur'a gelmiş ve şef olarak çalışıyıor orada. Amasya'dayken çiftçiymiş ama bildiğimiz gibi çiftlikte o kadar iyi para alamaz (Japonya'da da öyle işte...).

Neyse böyle yaklaşık 15 dakika konuştuk Türkçe ile... Semih, işini yapmaya mutfaktaya gitmesi gerekti ama gitmeden önce bana şöyle dedi. ''Ben gidiyorum ama bir şey istersen bir sorun çıkarsa yardım istersen beni ara.'' Yani kısa karşılaşmaydı da Singapur'da onula, Türk yemekleriyle ve Türk konakseverliğiyle buluştuğum için çok memnumdum. Açıkçası hoşma gitti.

 そのあとモスクの近くにあるブッソーラ・ストリートを歩き回っていると、よく知っているチューリップのイズニックタイルが突然目に飛び込んできました。「何これ? なんでここにこんなものが?」と思いながら近づくと、看板に“ALATURKA”の文字。そうです! 見つけました、ここでもトルコ・レストランを!!! あとでこの街区を歩き回りましたが他にトルコ・レストランは見つからず。再びそこへ戻りました(もっとあとでアラブ・ストリートに“Sufi”という名前のトルコ・レストランを発見しましたが、外から見えるキッチンにトルコ人は見られませんでした)。

 朝から3時間ずっと歩き回っていたので喉はカラカラ。“ALATURKA”に戻るや否やアイランを注文しテラスでごくごく飲んでいました。ほっとした所で、ドアのところにトルコ人らしき青年がいるのに気づき「トルコ人なの?」とトルコ語で聞くと「うん、トルコ人だよ、キミは?」と返事が返ってきましたが、すぐには彼の返事が信じられませんでした。そう、彼はトルコ人のように見えたのですが、そこはシンガポール。シンガポールとトルコ人が、わたしの中ではすぐに結びつかなかったのです。それで、もう一度「本当にトルコ人なの? なんでシンガポールに?」と聞きました。
 彼の名はセミヒ。アマスヤからシンガポールにやってきたそうで、シェフとして働いていました。アマスヤにいた頃は農夫でしたが、ご存知の通り農業ではそれほどいいお金を稼げません(日本でもいっしょです)。
 とにかく、こうして15分ほどトルコ語で話しました。セミヒは、仕事をしにキッチンに戻らなければいけませんでしたが、戻る前にこんなふうに言いました。「もう行くけど、なんか欲しかったら、問題があったら、助けが欲しかったらボクを呼んで」と。小さな出会いでしたが、シンガポールで彼と、トルコ料理と、そしてトルコのホスピタリティーと出会ってとても嬉しかったです。本当に楽しかった。

Bu arada bu restoranda ne Osaka'da ne Kyoto'da ne Kobe'de bile gördüğümüz bir tatlı, kunefe vardı. Semih'e göre ''Singapurlu kremalı sevdiği için'' krema üsütüne kunefe koyulur ve güzeldi.

Singapur'a gitmek, kararıma göre değildi de orada niyeyi bilmedim Türkiye ile karşılaştım. Bu, ne ilişki olduğunu anlamadım da ''Türkiye, benim nimetimdir'' diye hissetim. Kendi kendime mutlu oldum.
Elbette Singapur'da güzel yemekler çok ama eğer oraya giderseniz bir defa ''ALATÜRKA''yı denemenizi tavsiye ederim. Doğrusu o akşam tekrar arkadaşımla gittim, restoranu çok kalabalıktı. Singapur'da bile Türk yemekleri sevimliydi.


ALATURKA: 16 Bussoraqh Street, Singapore 199437
tel. 6294 0304
www. alaturka.com.sg

 ちなみに、このレストランには大阪でも、京都でも、神戸でもお目にかかれないデザート、キュネフェがありました。セミヒによると「シンガポール人は、クリーム添えが好きなんだ」というわけで、生クリームソースの上にキュネフェが! とてもおいしかったですよ♪

 シンガポールに行くことは、わたしの意思ではなかったけれど、そこで何故かトルコと出会いました。これが一体どんな縁なのか分かりませんが、「トルコがあって良かった」と感じ、すごく幸せな気分になりました。
 もちろん、シンガポールにはたくさんのおいしい料理が歩けレオ、もしそこへ行くことがあったら一度“ALATURKA”をお試しあれ! 実はその晩にももう一度友だちを連れて行ってしまいました。レストランは大繁盛でしたよ。シンガポールでもトルコ料理は人気なのでした。

2009-02-21

Türkler, KAKI biliyorlar mı?

2009.02.21

Bir kaç gün önce Türk olan bir arkadaşımdan email geldi ceptelefonumuna ''mesajıma baktın mı?'' diye.
Ne dediğini anlamadım ve hemen mesajını kontrol ettim. Şurada aşağıdaki bir web sayfasının adresi yazılmış.
http://www.kaki.com.tr/
Hemen tıklayınca KAKINOTANE ortaya çıktı.
Allah allah!!! Bu ne ya...? Evet, bunun ne olduğunu biliyorum ama Türkiye'de de var olduğunu hiiiiiiiiiiiiiiiiç bilmedim. Türkler, gerçekten bunu mu biliyorlar? Ya da hala bilmiyorlar mı?

KAKINOTANE (Türkiye'de ''KAKİ'' ad ile satılıyormuş), Japonya'da çok ünlü olan bir tür aperatiftir... yani ''aperatif'' diyebilir miyim acaba...??? (Kuru aperatiftir doğrusu...) Genellikle içki içerken veya hafif yemek olarak yiyiyoruz. Ve Japonya'da ''KAKINOTANE'' ve yerfıstığı karışık olan ''KAKIPIĞ'' de sevilirdir.

Türkler, bunu nasıl yiyiyorlar? Bundan önce gerçekten biliyorlar mı??? Ya da sadece Türkiye'nin bir kısımda mı biliniyor? ''KAKI'' satan SEVER İÇ VE DIŞ TİCARET GIDA SAN. LTD. ŞTİ., İzmir'de. İzmirli biliyor mu bunu???

Şimdiye kadar ben Türkiye'de bunu hiç bir defa görmedim. Ama gelecek defa giderken mutlaka arayacağım.

Eğer bunu bilen Türk olsa, bana öğredin lütfen. Nerede arayabildiğini bana söyleyin. Şimdiden teşekkür ediyorum.

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 数日前、トルコ人の友だちから、わたしの携帯にメールがきました。「メール見た?」と。
何を言っているのか分からなくて、すぐにメールをチェック。メールには下のアドレスが書かれていました。
 http://www.kaki.com.tr/

クリックすると、現れたのは“柿の種”。
うっそーっっっ!!! ビックリ、ビックリ。もちろん、それが何なのか分かりましたが、トルコにもあるとはまったく知りませんでした。トルコの人たちは、本当にそれを知っているのでしょうか??? それとも知らないのでしょうか?

 “柿の種”(トルコでは“KAKI”という名前で売られているよう)は、日本ではとても有名なスナックです。トルコ語で“aperatif”と言うみたいですが、アペリティフと言えるのか???(まぁ、乾きものアペリティフではあるけれど)ふつうはお酒を飲むとき、あるいはお菓子として食べる。それと日本では“柿の種”とピーナッツをミックスした“柿ピー”も好まれています。

 トルコの人たちはこれをどんなふうに食べているのでしょうか? それ以前に本当にこれを知っているのでしょうか? それともトルコの一部の地域だけで知られているのでしょうか? “KAKI”を売っているSEVER İÇ VE DIŞ TİCARET GIDA SAN. LTD. ŞTİ.という会社はイズミールにあります。イズミールの人たちは知っているのでしょうか???

 いままでトルコでこれを見たことはありません。でも次に行ったらゼッタイ探します!!!

 もし、これをご存知のトルコ人の方がいたら、わたしに教えていただけないでしょうか? どこで買えるか教えてください。お願いします。教えてくださったら感謝します。

2009-02-09

Peçete versene / ティッシュくれー

2009.02.09

 きのう、友だちの誘いで伏見稲荷にある竹林での竹バーベキューに行ってまいりました(土曜から風邪まっしぐら……だったのですが・汗)

 竹バーベキューとは? 別に竹を焼いて食べるわけではなく(当たり前ですね)、竹をふたつに裂いて、節のところで上手に切って器にし、残った竹でお箸を作って……というもの。竹で火をおこし、竹の即製食器をつくり、そして野外で調理して食べる、というなかなか豪快なバーベキューでした。
 竹の器もほのかに竹の匂いがして、お料理がおいしかったのはもちろんだけど、空を見ながら、サイコーにうまいっひとときを過ごしました。

 ところで、そのときに「トルコ語で“ありがとう”って何て言うんでしたっけ?」という話が何回か出てきました。「えーと、ふたつあって“テシェッキュルレール(テシェッキュレでリム)”か“サーオルン”か、どちからなんですけど……」と応えると、だいたい“テッシェキュルレール”の方は敬遠されるというか、「あ、そっちは長い。覚えるの無理」みたいな反応(思い返してみれば、わたしもトルコ語を始めたころは、何ちゅー長い“ありがとう”なんやと思った記憶が……)。

 そのあと、また別の子が「ありがとうって何やったっけー?」と聞いていたところ、トルコの血を引いた阿波男のMくんが「ティッシュくれー」と覚えたらエエねん、とひと言。

 ん? ン? ん? ティッシュくれ?
 確かに〜。ティッシュくれー、と何となく外国語っぽく発音すると、いけるかも。そうか、そういうふうに教えれば良いんだ。

 すごいなー、さすがトルコの血を引く阿波男、うまいっ!!!


 みなさんも、もしトルコ語の「ありがとう(テシェッキュルレル)」が覚えにくい、と思ったら「ティッシュくれー」で覚えてみてください。日本語的にあまり「テ」をはっきり発音せずむしろ弱めに、「くれー」のところを心持ち「クレー(ル)」と言うと、まず大丈夫なんじゃないかと。

 いや、もしかしたらフツーに「ティッシュくれー」と言っても、通じるかも。んー、通じそうな気がして来たな。今度行ったときに試してみようかな。

ぜひ、みなさんも、トルコに行かれるときは使ってみてください(くれぐれも日本語に堪能な人には言わないように、きっと分かるから)。

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'Teşekkürler'i ezberlemek için Japoncada 'Tissue kure!' diyebiliriz. Bunu arkadaşımdan öğrendim. Evet, 'Tissue kure' olarak ezberlersek hiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiç unutmaz ki... Japonlar için 'Teşekkürler' ya da 'Teşekkür ederim' biraz uzun. ezberlemek için zor. Bu yüzden 'Tissue kure / Peçete versene' olarak öğrenirsek hemen aklımızda kalır.

2009-02-05

Taşakoğır ne demek??? / タシャコールって何?

2009.02.05

    Geçen hafta sonu bir kaç arkadaşlarımla gezdim.
    Arkadaşlarımın birisi Türk, birisi Japon ama Türkiye'de büyümüş şimdi Japonya'da üniversiteye gidiyor ve Japon olan ise iyi Türkçe konuşuyor. 
    Biz bazen Japonca bazen de Türkçe konuştuk.
    Nereden çıktığını unuttum ama neyse, bir Afganistan filmi (İngilizce başlığı : The Kite Runner) hakkında konuşmaya başladık. Afganistan'da konuşulan dilin, Türkçe'ye benzediğini söylemek istedim ve şöyle dedim;
    ''Bu film içinde 'teşekkürler' yerine 'Taşakoğır' diyorlar.''
    Herkes biraz susup sonra aniden kahkaha attı. Anlayamadım, niye kahkaha attılar? Sonra bir arkadaşım bana anlattı. Türkçede 'Taşak' derse erkeğin şeyi... aşağıdaki top gibi... diye utana utana açıkladı. Ne kadar ayıp!! Ama bilmiyordum. Yani normalde böyle bir kelimeyi kullanmıyorum bu yüzden... ama ayıp...
    Biraz sonra aniden birşey aklıma geldi ve şöyle dedim.
    ''Demek Afganistan'da 'Taşakoğır', Türkçede 'Taşak oğlu' mu????''.
    Hemen bir arkadaşım cevap verdi, ''Evet, biz herkes taşakoğluyuz.''

    Ne dersiniz? Sadece aptal olduğumuzu mu düşünüyorsunuz? Ama böyle konuşursak hiç unutmayacağız bir kelimenin anlamı... değil mi?
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 先週末、数人の友だちといっしょに遊びました。
 友だちのうちのひとりはトルコ人で、もう一人は日本人だけどトルコで育った人で日本の大学に行っています。そしてとても上手にトルコ語を話す日本人。
 みんなでときどき日本語、ときどきトルコ語を話していました。
 どうしてそんな話になったのか忘れたけれど、あるアフガニスタン映画(英題:The Kite Runner/邦題:君のためなら千回でも)について話し始めました。アフガニスタンの言葉が、トルコ語に似ていると言いたくて、こう話しました。
 「映画のなかで、トルコ語の「Teşekkürler」の代わりに「Taşakoğır」と言ってたよ」
 みんなちょっと黙って、そのあと爆笑。なんで? なんで大笑いするの? あとで一人の友だちが説明してくれました。トルコ語で「Taşak」は男の人の……下の方にある玉……と、ためらいがちに。最悪! でも知らなかったのです。だって、ふつうこんな言葉を使わないもの。でも、恥ずかしいっ。
 そのあと突然、あることを思いついて、こう言いました。
 「アフガニスタンで“Teşekkürler”と言うと、トルコ語では“Taşak oğlu(玉の息子)”なの?
 すぐに、ひとりの友だちがこう言いました。「そう、みんな“Taşak oğlu”だよ。」

 どう思いますか? ただわたしたちがバカだと? でもね、こんなふうに話せば、決して言葉の意味を忘れることはないんですよね。(おそらく、わたしはこの言葉の意味を一生忘れないでしょう)

2009-02-03

Hangi kurala(tarafa) uyar? 〜どちらの法(方)に従うのか?

2009.02.03

 先日、図書館で予約していた『神の法 vs. 人の法 〜スカーフ論争から見る西欧とイスラームの断層(内藤正典/坂口正二郎(日本評論社)』を借りて読みました。

 タイトルにもなっているとおり、軸として「スカーフ論争」が取り上げられているのですが、「信教の自由の保障」と「政教分離の原則」について社会学および憲法学の両面から理解を深めることができ、また欧州各国における「政教分離」政策の違いを確認しつつ、その象徴的な問題のひとつとして「スカーフ論争」を見つめ直すことができたように思います(もちろん、すぐに結論が出るような問題ではないのですが)。

 まず、認識を新たにしたのが「信教の自由の保障」と「政教分離原則」は、つきつめると対立する可能性のある考え方だということ。

 「信教の自由の保障」というのは、思想の自由や表現の自由と同じく、国家からの個人の自由を定めています。つまり、思想や表現、信教において、国家が個人に対して何かを強制することを禁じています。
 一方、「政教分離の原則」というのは、そのまま国家と宗教を分離する原則のこと。とはいえ、日本やフランス、アメリカのように(あくまで憲法上は)宗教の特権や権力行使を認めない厳格な分離と、ドイツやイタリアのようなゆるやかな分離があり、さらに言えば政教分離を採用していないイギリスのような国でも(国教はイングランド国教)信教の自由は認められています。 ※写真は、国教を定めている国々です(Wikipediaより)
 ご覧の通り、シリアは国教を定めてはいません。「国家を社会主義、人民民主主義国家と規定しており、バアス党(アラブ社会主義復興党)を「国家を指導する政党」と定めている。(Wikipediaより)」そして「国家元首である大統領は、バアス党の提案を受け人民議会が1名を大統領候補とし、国民投票で承認するという選任方法を採っている。大統領の任期は7年で、イスラム教徒でなければならず」という場合もあるわけです、余談ですが。


 さて、では「信教の自由の保障」と「政教分離」の何が対立するのか……というと、「信教の自由」を徹底すれば国家に対して宗教への便宜を図ることを要求することもあり得ますが、政教分離を徹底すれば国家は宗教について無関心でなければなりません。たとえば「教義によって格闘技を禁じられているエホバの証人の信者にとって、体育の授業で格闘技を強いられることは"世俗の義務"と"神の義務"のいずれに従うのか、という問題になる。そこで信仰に配慮して世俗的な義務の履行を免除すれば、当該宗教を特別扱いすることになり、政教分離原則に反する可能性を生み出しうる」というのです(坂口氏の弁)。

 こうした場合、どこで線引きするのか……が問題になるのだと思います。また、どこで線引きするかは、そのときの国の状況、政治によって大きく左右されるため、そのときどきによって「信教の自由の保障」「政教分離原則」という軸が大きくブレてしまうという問題も起こり得ます。9.11以降、またロンドンでの地下鉄テロ以降、西欧におけるモスリムの置かれた状況は大きくシフトしました。そうなってくると、それ以前と以後では「信教の自由」と「政教分離」のあいだのどの地点に問題を着地させるか、というのは大きく異なってきます。これは、何もイスラームの問題だけでなく、どの国のどんな問題においても同じだと思いますが。

 また、同著では各国における宗教の捉え方、スカーフ問題をはじめとする公共の場(特に学校)における宗教を検証されていました。

 たとえば、フランスは厳格な「政教分離」政策を取っているため、公立学校において宗教の入り込む余地はありません。この国では「信教の自由」の保障よりも、「政教分離」の原則が強いと言えるでしょう(だから、公教育の場ではムスリム女学生のスカーフはもちろん、ユダヤ教のキッパといった宗教的シンボルが禁止されるのも、妥当と言えば妥当と言えるのです)。
 フランスの北にあるベルギーはと言えば、公教育でもカソリックやプロテスタント、イスラームなど、生徒たちの宗教に応じた教育が週2〜3時限ほど取り入れられているとか。とはいえ、スカーフ問題はまた別、だったりするのですが。
 さらに、その北のオランダとなると政教分離を厳格に設けているわけではなく、多元主義の国だけあって宗教色のない公立学校であっても、宗教や信条に基づいて設立されている学校であっても、全額公費によって行われているし、卒業したときに有する資格にも違いはありません。個人的には、オランダのようなカタチもありだとは思うのですが、異なる宗教の子どもたちが混じらないのも、また問題を大きくする原因になりかねないのでは、という危惧があります。信教の自由は保障され、それぞれ望む宗教教育も受けられるのですが、完全に分断されてしまっている。そのなかで、どのように異なる宗教を理解していくのでしょうか。彼らに異なる宗教を理解する機会は与えられているのかしら、とも心配してしまうのです。


 ところで、どの国においても、ことが「スカーフ論争」となると、一様に「スカーフ」=イスラムの因習=「女性の抑圧の象徴」という思考形式が多く、「信教の自由」に重きを置く論者たちのあいだでも、スカーフ=女性の抑圧の象徴というしがらみから完全に自由にはなれていない印象を受けました。

 もちろん、イスラーム女性と言ってもいろいろで、自らの意思でかぶる人もいれば、目に見えないプレッシャーを少なからず感じてかぶる人もいないとは言えません。なかには親に強制されている人もいるでしょう。でも、だからこそ、一律に「抑圧の象徴」と捕らえがちな論壇の風潮には、いささか奇妙さを覚えました。そこにはいろんなプロパガンダもあったりしたのでしょうけれど。

 トルコのスカーフ論争をチラチラと見てきましたが、こうして欧州まで見回してみると、対立する可能性が"ある"問題を議論しているのですから、もめるのは当然と言えば当然なのです。大切なのは議論を重ねて分裂してしまうことではなく、お互いに歩み寄りつつ、どこに着地点を見いだすかってことなんですよね。深めなければいけないのは分裂ではなく、相互理解。信じるものが別であれ、共存できる方法を見つけることはできると思うのです、決して簡単ではないけれど。


 なお、本著は前述の2教授だけでなく、只野雅人(一橋大学大学院法学研究科教授)、山元一(東北大学大学院法学研究科教授)、森千香子(南山大学専任講師)、見原礼子(日本学術振興会特別研究員/社会学)、大曲祐子(一橋大学大学院博士後期課程/社会学)、樋口陽一(日本学士院会員/憲法)諸氏も執筆されています。


 備考:この本を読んでいる際、気になって国教とか、政教分離とかを少しだけ調べたのですが、こんなものを見つけました(英語)。
 国際的な信教の自由に関する米委員会というところの調査報告書です。