2009-05-29

トルコで日本ネタ、発見!

2009.05.29(きょうも2日分、一気にアップです)

 火曜日から授業が始まって、きょうで今週の授業は終わり。文法的には全然大丈夫ですが、やっぱり〈聞く〉〈話す〉で苦労しています(なんとかやってますが)。

 さて、きょうは今朝買ったCumhuriyet Gazetesi / ジュムフリイェット新聞からの記事を紹介しましょう(日本ネタです)。

 記事のタイトルは「本のタイトルさえ秘密:1Q84」。
 このタイトルだけで「あっ」と思った人はハルキストです・笑。なんと、文化面に村上春樹氏の新作についての記事がありました。
 ちなみに副題は「日本の作家・村上春樹の5年ぶりの新作」。

 (以下、拙訳です)
 我が国でも出版されている著名な日本の作家・村上春樹氏の新作『1Q84』が、日本で出版初日からベストセラーリストに登場した。現在活躍する日本作家のなかで最も外国語に翻訳されている氏の5年ぶり(原文まま/本当は7年ぶり)の新作となる『1Q84』を出版する新潮社では、予約注文の殺到により出版数を38万部から48万部に増やしたと語っている。

 上下巻として出版された村上氏の新作『1Q84』は、トルコでも日本語から翻訳され、2010年にドアン出版により刊行される。氏の『İmkansızın Şarkısı / たぶん“風の歌を聴け”』『Yaban Koyunun İzinde / “羊をめぐる冒険”』『SInırın Güneyinde, Güneşin Batında /国境の南、太陽の西』そして『Zemberekkuşunun Güncesi / “ねじまき鳥クロニクル”』といった作品も、既にドアン出版から刊行されている。

 村上氏は、読者が作品に対して先入観をもつのを嫌い、テーマについての詳細な事前情報を出さなかった『1Q84』が、ジョージ・オーウェルの『1984』から思い浮かんだものだと説明している。日本では「9」という数字が英語の「Q」のように発音されるため、『1984』と『1Q84』は同じように読まれている。
 あるものたちは、村上氏が最初に影響を受けた作家のひとり、中国のLu Xun(魯迅)の『AhQ'nun Gerçek Öyküsü / 阿Q正伝』の作品名からのインスピレーションだと推測している。

 村上氏が1987年に書いた『Norveç Ağacı / ノルウェイの森』という恋愛小説は、唯一日本でのみ920万部売れ、それまでの販売記録を更新した。自身の生活を秘密のヴェールに包むことを好む村上氏には、1995年に東京の地下鉄でサリンガスの被害にあったものたちへのインタビューに基いて書いた本もある。
 60歳になる村上氏はまた、レイモンド・カバーやトルーマン・カポーティ、ジョン・アーヴィング、J.D. サリンジャーといった作家の作品を日本語に翻訳している。


 だからどうなんだって話ですが、いまその本が手に入らない状態にあるわたしからすると、俄然読みたくなってきました。もし、読まれた方がいらっしゃったら、いつでも感想をお聞かせください。よろしくお願いします。
 村上氏も60歳か。そんな歳になったなんて、まったく思いもしなかった。村上春樹と赤いちゃんちゃんこ。結びつかないー。

Su sorunu çıktı!!! / 水問題、発生!

2009.09.28

 Bu sabah kalkınca ''Hemen düş yapayım'' diye banyoya gidip musulğu çevirdiğimde musluktan hiç birşey gelmedi. Bu sene Ankara'da pek çok yağmur yağmuştu ki (şimdi de bazen yağıyor), burada oturan arkadaşım da ''Bu sene mutlaka susuz kalamayacağız'' dediğinden böyle şey olacağını hiç sanmadım. İnanılmaz bir şey aslında... Ama başka yababilecek şey yoktu. İçmek için aldığım suyu kullanarak yüzümü yıkıp, ''Tamam, sonra ev sahibine sorayım'' diye şimdi koltukta bunu yazıyıorum...
 Sonra ne olduğunu anlatayım.
 今朝、起きて「すぐにシャワーをあびよう」っとお風呂に行って蛇口をひねると、蛇口から何にも出てきませんでした。今年、アンカラではとてもたくさんの雨が降ったようで(いまでもときどき降っています)、ここに住んでいる友だちも「今年はきっと水不足にはならないわ」と言っていたので、こんなことが起こるなんてまったく思ってもいませんでした。信じられない!!! です、実際。とはいえ、他にできることもなし。飲料用に買っていた水を使って顔を洗い「しょうがない、あとで大家さんに聞こう」と、いまは椅子に座ってこれを書いています。
 あとで、何があったかを説明しますね。

 Bunu yazmaya başladığımdan 1 saat geçti. Şimdi dışarıda binanın önüne suyu serpeyen kişi var. Yani su varken niye evime gelmiyor??? Anlamadım.
 これを書き始めてから1時間が経ちました。いま、外ではビルの前に水を撒いている人が居ます。もう、水があるのに、なんで家には来ないの? わかんない。

 Şimdi oğle saat 1.30. Okuldan çıkıp eve döndüm. Ve korka korka denedim musluktan sunun gelip gelemeyeceğini. Maşallah! Geldi, geldi, Allah beni kurtardı!! Biraz garip şekilde geldi de neyse su geliyor. Çok rahatladım. Yani önceki kaldığımda da aynı şey oldu ki galiba 2 ya da 3 saat sonra geleceğini düşündüm ama dersteyken de korkuyordum. Şimdi sorun çözüldü. Endişelemek gereken birşey yok zaten.
 いま、昼の1時30分。学校を後に家に帰ってきました。で、恐る恐る試してみました、蛇口から水が出るかどうか。良かった! 出ました出ました。あぁ、救われた!!! ちょっとおかしな感じで出ましたが、とにかく水が来てます。めちゃめちゃホッとしました。前に滞在したときも同じことがあったので、たぶん2〜3時間後には出ると思っていましたが、授業中も恐れていたのです。いま、問題は解決。心配しなければならないことはもうありません。


 O akşamki yemek, kendi kendime yaptım, nasıl görünüyor?
 その晩のご飯。自分で作りました。
茄子とトマトをオリーブオイルで炒め、ビベル・サルチャス(ピーマン味噌/辛いのと甘いの)を混ぜ合わせ、そのあと塩を加えて少量の水で煮込みました。最後にオリーブの欠片を振りかけて……(←この塩加減が良い感じでした)。

2009-05-27

Elif Şafak İmza Gününe / エリフ・シャファクのサイン会へ

2009.05.27
※きょう、一気に3日分の日記を更新しました。ご面倒でなければ読んでください・汗。

 Dün okuldan çıktıktan sonra Tunal'daki D&R'da yapılan Sayın Elif Şafak Hanımın İmza Gününe gittim. Oğle saat 1den 10 gece cıvarında oraya varınca uzun sırayı görüp ''Of of... ne kadar beklemem lazım?'' diye sessizce homurdandım da beklemekten başka çaresi yok ki... onun kitabını elimde tutarak sıraya girdim.
 きのう、学校がひけた後、ツナルのD&Rという本屋で行なわれたエリフ・シャファク女史のサイン会に行ってきました。昼の1時10分くらいにそこへ着き、長〜い列を見て「うへっ、どれくらい待たないといけないの?」と言葉に出さずにブツブツ言いましたが、待つ以外に仕方なく……彼女の本を手に持って列に並びました。

 Sayın Elif Şafak Hanım, geldikler birer için zaman kullanarak kibar kibar imzasını atıyordu. Onlarla uzun konuşarak fotoğraf da kendisiyle beraber çekilmesine izin vererek.
 エリフ・シャファク女史は、やってきた人たちひとりひとりのために時間を割きながら、とても丁重にサインをされていました。彼らと長い時間話しながら、写真もいっしょに撮られることをいとわず。

 Bu yüzden sırada bekleyenlerden bazıları şikayet etmeye başlıyorlardı. Benim önümde bekleyen bir bayan sadece imzasını isteyip geldiğini, bu kadar uzun uzun beklemeyeceğini çevredekilere guruldadı ve birisiyle beraber Sayın Elif Şafak Hanımın yanına gitti. Sanırım sadece imzasını istediğini söylemişler. Ama Sayım Elif Şafak Hanım, izin vermemiş, öyle gözüktü. Doğal yani bence.
 そのせいで列に並んでいる人たちのうちの何人かは不平不満を言い始めていました。わたしの前で待っていた女性は、ただサインが欲しくて来たのだと、これほど長い間待てないと周りの人たちにこぼしました。そして、そのうちの一人とともにエリフ・シャファク女史のそばへ行ったのです。思うに、ただサインが欲しいだけだと言ったのでしょう(だから、先にサインだけしてくれと)。けれど、エリフ・シャファク女史は許可しなかったようです(遠かったので聞こえなかったけど、そういうふうに見えました)。当然ですけどね。

 Ve şöyle bir bayan da vardı. O, benden önce gelmişti de sırada değildi kanepede oturarak bekliyordu. O da Sayın Elif Şafak Hanıma doğru şikayet etti. Geldiklerin çoğu ayakta kalarak beklediklerine rağmen!! Ve sıramın biraz öncesinde bu bayan, ondan imza aldı. Ama onun erken geldiğini bilmeyen onu eleştirdi. Yani ne zaman geldiğini bilmiyordu ki niye aniden sıraya girip imza aldığını, ayıp olmadığını söyledi. Evet, bu da doğal bence.
 それから、こんな女性もいました。彼女はわたしよりも先に来ていましたが、列にではなく、ソファに座って待っていました。彼女も、エリフ・シャファク女史に向かって不平を言ってました。来た人たちのほとんどが立って待っているにも関わらず! そして、わたしの番のちょっと前のところでこの女性はサインをもらいました。けれど、彼女が早くから来ていたことを知らない人は彼女を批判しました。つまり、いつ来たか知りませんから、どうして突然列に割り込んでサインをもらったのか、恥ずべき行為じゃないのかと言ったのです(実際はもっとオブラートに包んだ言い方で)。これも当然だと思います。

 Sayın Elif Şafak Hanım, Türkiye'de çok ünlü olan, sevilen yazarlardandır. Bu yüzden onun imza gününde kalabalık olamasından hiç şüphem yok. Niye bekleyemiyorlar??? Sayın Elif Şafak Hanım ile buluşup onun çok kibar ve nazik bir insan olduğunu gördüm, buna rağmen öyle davrandılar. Bu olaylar, mutlaka onu üzmüş olduğunu sanıyorum. Galiba onlardan değil de öyle olan duruma üzülmüş galiba.
 エリフ・シャファク女史は、トルコでたいへん有名な、人気のある作家のひとりです。だから、彼女のサイン会が混雑することに疑いの余地はありません。どうして彼らは待てないのか? エリフ・シャファク女史と会って、彼女がとても優雅で、心優しい人であるのが分かりました。にも関わらず、彼らはそんなふうに振る舞ったのです。このことは、きっと彼女を思い悩ませたのでしょう。もしかしたら、彼らからではなく、そんなふうな状況になってしまったことに悲しまれたかもしれません。

 Doğrusu ben de sırada beklemek istemiyorum. Bu yüzden çok sevilen restoranlara falan gitmiyorum sırada beklemekten hoşşanmadığımdan. Sadece restoranda değil, ne olursa olsun her sıradan kaçıyorum. Öyle kendime bakınca ben de sanırım onlar gibiyim. İçimde şikayet etmiştim. Ağzımdan hiç bir ses çıkmasa da öyle hissediyordum.
 Dünyada hepsi hızlı hızlı gidiyor ki bizim dayanıklılığımız de hızlığa alışmış. Ama düşünün, biz daha yavaş yavaş, rahat rahat yaşamak istemez miydiz?
 正直言って、わたしも列に並ぶのは好きではありません。だから、とても人気のあるレストランなどには行きません、列に並ぶのが嫌だから。レストランだけじゃなく、何であろうが列から逃げています。こうして自分自身を見つめると、わたしも思うに彼らのようだな、と。心の中では不平を言ったのだから。口に出しては言わなかったけれど、そう感じていたのだから。
 世界では、すべてが速く、速く過ぎて行くので、わたしたちの忍耐力もまた速さに慣れたのかも。けれど、考えてみてください。もっとゆっくり、もっと気楽に生きたいと願っていたのではなかったでしょうか。

 Fotoğraf: Sayın Elif Şafak Hanımın imzası.
 写真:エリフ・シャファク女史のサイン(親愛なる〈わたしの名前〉のために、友情と愛と、友愛の情を込めて。と書いてあります)

予定変更!/Planım değişti!

2009.05.27 (Dünkü günlüğüm / きのうの日記)

 あまり時間がないので、きょうは日本語のみで。
 予定が変わりました。学校が始まるまで3週間も待つなんて、やっぱりもったいないと、もう一度「いまからでも中級3のクラスに入れませんか?」とお願いしに行ってきました。

 先生も事情を分かってくれて「じゃあ、もう授業は始まっているけど……入る?」ということになったのですが、現在中級3は週に3日のコースしかないとのこと。「えーーー!?」じゃあ、中級2は?」「それもない」「え''っ……(それじゃあ、来月の開講まで待っても入れなかったっじゃんかっ。いま2がないってことは来月3がないってことじゃんっ・少怒)」。

 結局、いま開講中の中級4のクラス(既に始まって1週間以上経ってはいるのだけど)に、授業料も日割りで良いということで入ることになりました。で、授業の2時限目の終わりに突然クラスに突入! 急遽決まったので、中級4の先生は「何、あなた?」って感じでしたが、事情を話して混ぜてもらいました。

 2年前とは本が変わっただけでなく(前は聴解用のテキストがテープだったけど、いまはCDに!)、授業のシステムなども変わったようで戸惑うことも多いですが、とりあえず〈トルコ語が学べる〉状況に自分を置けたことに満足しています。突然入ったので予習してなかったし、帰ってきてからは復習と明日の授業の予習とで時間が過ぎ、ネットカフェに行くこともできず、どんどん日記更新が遅れていますが、ご心配なく。

 最後に試験に受かるかどうかは、神ののみぞ知る、ですが、とりあえず始まりました!

 学校がひけたあと、近くの本屋でわたしの好きな作家(と言っても、新聞のコラムを読んでいただけで、本はまだ読んだことがない)のサイン会があり、行ってきました。そのときの話を後日書きたいと思います。


 ※上の写真:トメルのトルコ語全テキスト/初級・中級・上級それぞれに授業用テキストと、練習用テキストがあり、リスニング用のCDEが付いています(練習用テキストは、昔のよりずいぶん薄くなってました)。1セット50TL(3000円程度)全部で150TL(9000円程度)。
  下の写真:全然関係がないですが、ナマのアーモンドをもらったので載せました。ナマなんて初めてみたのでビックリ! 食べられるとのことで「食え、食え」と言い張られたので齧りましたが食べられたもんじゃなかったです・泣。もらったものなので、最後まで食べましたが。これが乾いて皮の外れたのが日本で売られているアーモンド。こっちでは殻付きで売ってます。

Giriş sınavına girdim / 入学試験を受けました!

2009.05.27 (25 Mayısın günlüğüm / 5月25日の日記)

 Bugün TÖMER'e (dil okuluna) gidip sınava girdim. Ben burayı 3 aydan fazla bıraktığımdan tekrar sınava girip hangi sınıfa girebilediğimi göstermeliydim.
 きょう、トメル(語学学校)へ行って、試験を受けてきました。わたしはこの学校を3ヶ月以上離れていたため、もう一度試験を受けて、どのクラスに入れるかを証明しなければなりませんでした。

 Doğrusu sınava girmek için değil, yeni kursun başlayana kadar hala 3 hafta kaldı ki, özel dersini almak istiyordum da onlarla konuşup sınava girmek zorunda kaldım. Hiç hazırlamakta değildim sınav için (ruhsal olarak), neyse girdim. Onların verdikleri soruları hepsini yanıtlamaya çalıştığım sayesinde (çok zamanı kullandım da) o kadar kötü sonuç çıkmadı, yani gayet iyidi (biraz kendimden gurur duyuyordum :))
 実は、試験を受けるためではなく、新しいコースが始まるまでまだ3週間もあるので、特別レッスンを受けたいと考えていたのですが、学校と話して試験を受けざるを得なくなったのです。試験のためにまったく準備(心の)をしていなかったのですが、とにかく受けました。学校から出された質問にはすべて答えるようにがんばったおかげで(時間は使いましたが)、それほど悪い結果ではありませんでした。というか、かなり良かったのです(ちょっと、自分をエラいと思いました、そのときは)。

 Ama o sonuç sadece dil bilgisi olaraktır. TÖMER'i bıraktıktan sonra da Japonya'da yüksek sınıfında Türkçe öğrenmeye devam ediyordum, bu yüzden benim dil bilgisi bilgim sandığımdan daha yüksekmiş. Aslında sadece bu sınav notum değenlendirilirse kesinlikle yüksek 1 sınıfa girebilirim.
 が! それはただ文法知識としてのもの。トメルを辞めたあとも日本では上級クラスでトルコ語の勉強を続けていたので、わたしの文法知識は思ったよりも高かったようです。実際、この試験の得点で評価されたのなら、きっと上級1のクラスに入れたのです(……が)。

 Hayat o kadar kolay değil bilindiği gibi. Sınavın sonra konpozisyonu da yazmam gerektiğin söylediler, yazdın da kötü sonuç çıktı.
 Her gün ama her gün buraya yazıyorum da bunlar güzel Türkçe değil, yani kolay kelimeleri kullanarak basit dil bilgisiyle yazıyorum ki yazma yeteneğimi iyice geliştirememişim ne yazık...
 人生はそれほど甘くない、ご存知のように。試験のあと、作文を書かなければならないと言われ書きましたが、ひどい結果でした。
 毎日毎日、ここで書いていますが、これらはうまいトルコ語ではありません。簡単な単語を使いながら、基本的な文法知識で書いているため、作文能力をうまく磨くことができていなかったようです。残念ながら。

 Biliyorum, TÖMER'de sınav girerken, konpozisyonu yazarken öğrendiğim bil bilgisiyle yazmamı isterler. Üstelik hata yapmayarak yazmak da gerekir. Burada sadece yazmak istediğim şeyleri istediğim şekilde yazıyorum ki... sanki konpozisyonda kazanamadım.
 15 Haziran'dan başlayan Orta 3 sınıfa gireceğim. O zamana kadar tek başma çalışacağım başka çaresi yok ki zaten. Ama... nasıl yazarsam yazımı geliştirebilirim?
 分かっています。トメルで試験を受ける時、作文を書く時、学んだ文法知識を使って書くことが求められます。さらに間違いなく書くことも必要。ここで、ただ書きたいことを書きたいように書いているから、たぶん作文でうまくいかなかったのです。
 6月15日から始まる中級3のクラスに入りますが、それまでひとりで頑張ります。それ以外に方法はないし。けどぉ〜、どんなふうに書けばうまくなるんだろう???

 Yukarı'daki fotoğraf 1: TÖMER'in sınavı kağıtı, puan 8den yüksek olursa başarılı olur.
 上の写真1:トメル(語学学校)のテスト用紙(回答用紙)、得点が8以上なら合格(実は、初級の4番目のところで不合格なんだけど)
 Yukarı'daki fotoğraf 2: O gün pişirdiğim yemek (taze fasluye).
 上の写真2:その日に作ったご飯(豆の煮物)

2009-05-25

Okuma Keyfi / 読書の楽しみ(?)

2009.05.25

 Önceki gün akşam eve döndüktan itibaren tekrar internete bağlanamıyorum, burada yazamıyorum maalesef (şimdi yakındaki bir kafedeyim). Bu yüzden dünden Orhan Pamuk'un ''Masumiyet Müzesi'' adlı kitabını okumaya başladım.
 一昨日の夕方、家に帰ってきてからまたインターネットに繋がらなくなり、残念ながらここに書けないでいます(いまは近くのカフェにいます)。というわけで、昨日からオルハン・パムックの『マスミイェット・ミュゼシ(純潔の博物館? それとも無邪気な博物館? the museum of innocence です、英語なら)』という本をを読み始めました。

 Japonya'dayken bu kitaba ve Elif Şafak'ın ''Aşk'' adlı kitabına çok meraklıydım, Türkiye'ye gelince alacağaımı düşündüm de kitapçıde bakıp ''Aşk'' çok zor geldi bana. Bu yüzden almadım, yani okuyamacak kitap niçin alabilirim ki... ''Masumiyet Müzesi'' ise biraz daha iyi anlayabilirdim ama almadım. 24.00TL pahalı bana göre. Tamam şimdi Japon yen güçlü, 24.00TLyi Japon yene çevirirse yaklaşık 1500 yendir. Pahalı mı değil mi? Neyse almadım.
 日本にいるとき、この本とエリフ・シャファクの『Aşk / 愛』という本にとても興味があり、トルコに行ったらすぐに買おうと考えていましたが、本屋で見て『Aşk』はとても難しく感じ、買いませんでした。読めない本をどうして買えるでしょう。『Masumiyet Müzesi』はそれよりちょっと分かりやすかったけれど、やっぱり買いませんでした。わたしにとって24TLは高い。確かに、いま日本円は強く、24TLを日本円に換算すると約1500円。高い? そうじゃない? とにかく、買いませんでした。

 Daha sonra Kızılay'a yakın bir yerde kitap pazarını buldum. Ben bile okuyabilecek kitap galiba yok ama biraz dolaşıp bakınca ''Masumiyet Müzesi'' ve ''Aşk'', ikisini de buldum alıverdim. Bir tane 5TL, toplam 10TL idi. Ben bunları ikinci el olarak sandım da arkadaşıma göre sahte olabilirmiş. O da kitaba baktı, ama hakiki olup olmadığını keskin söyleyemedi...
 その後、クズライに近い場所で本市場を見つけました。わたしでも読めるような本はおそらくないだろうけど、ちょっと見て回ってみると『Masumiyet Müzesi』
と『Aşk』の2冊を見つけ、すぐに買いました。1冊5TL、2冊で10TL。古本だと思っていましたが、友だちによると偽物(海賊版)であるかもしれないと。彼も本を見ましたが、本物かそうでないかはハッキリと言えませんでした。

 Neyse kitap kitaptır, Okunabilir. Ve benim için daha iyice anlayabilecekmiş ''Masumiyet Müzesi''yi dünden okumaya başladım. Bir sayfada bol bol bilmediğim kelime var ki sözlüğe baka baka yavaş yavaş okuyorum (şimdiye kadar sayfa 34e kadar bitirdim), ne zaman bitirebileceğime hiç fikrim yok. Ama okuma keyfi var bu kitapta. Önce bilmediğim kelimeleri deftere yazarak okuyorum, sonra sözlüğe bakıp tekrar okuyorum, yine de okumayı eğleniyorum.
 とにかく、本は本、読めるのですから。それで、わたしにとってはより理解しやすそうな『Masumiyet Müzesi』を昨日から読み始めました。1ページで知らない単語がいっぱいあって、辞書を見ながらゆっくりゆっくり読んでいます(これまでに34ページまで読み終わりました)。いつ読み終えることができるのか、まったく想像できないけど、読書の楽しさは感じられます。最初に知らない単語をノートに書きながら読み、後で辞書を見てもう一度読んでいますが、それでも読むのは楽しいです。

 Sanki şimdiki durumum tanrıdan hediye mi acaba...? Yani internete bağlanırsam çoğu zaman internete bakarım. Kitap okumak için zamanım yoktu ki...
 もしかしたら、この状況は神様からの贈りものかも??? つまり、インターネットに繋がっていたら、ほとんどの時間インターネットを見てしまって本を読む時間はなかったから。

Dünkü günlüğüm / きのうの日記

2009.05.24 (Dünkü günlüğümdür)

 Dün 2 yıldır görüşemediğim, sadece yazlaştığım arkadaşımla buluştuk. O, hiç değişmemiş, yani bir yaş bile yaşlanmamış, aksine gençleşmişti. O, şimdi üniversitede yardımcı döçent olararak çalışıyor ki galiba öğrencilerinden enerjlerini ya da gençliklerini alıyormuş... Aslında ruh genç olan, hiç yaşlanmaz ki. Çevremde niyeyi bilmem öyle insan çoktur.
 きのう、2年間会っていなかった、ただメールのやりとりだけしていた友だちに会いました。彼はまったく変わらず、1歳も年をとっていないどころか、若返ったようでした。彼はいま、大学で助教として働いているから、おそらく学生さんたちからエネルギーや若さをもらっているのかもしれません。実際、気持ちの若い人はまったく年をとりません。わたしの周りには、なぜかそういう人が多いです。

 Sonra yeni bir arkadaş ile tanıştık. Bir Japon. Buraya Trükçe öğrenmeye geldi. Fakat biraz zorlanıyor buradaki hayatından Türkçe öğrenmekten öyle gözüktü. Yani burada oturmaktan hoşlanıyor da hiç Türkçe bilmeden gelmiş. Tam olarak 2 sene öneki benim gibi. Hiç değilse Türkçe anlayamıyor, insanların ne söylediklerini de kulağına uymuyor, sonuçta çok yalnız hissediyordum burada. Yurttaki ardakaşlarım çok nazikti, her zaman yardım veriyorlardı da yine de kenidimi küçük küçük hissediyordum. Anlatabiliyor muyum?
 そのあと、新しい友だちと知り合いました。日本人です。トルコ語を学ぼうとやってきたんだけれれど、ちょっとしんどいようでした、ここでの暮らし、トルコ語の授業が。そんなふうに見えました。ここに暮らすことは気に入っているのだけど、まったくトルコ語を学ばずに来たそうで、まるで2年前のわたし状態。まったくというわけじゃないけれど、トルコ語が分からず、人が何を話しているのかも耳に沿わず、結果的にとても孤独を感じていました、ここで。寮の友だちたちはとても親切で、いつも助けてくれたけど、やっぱり自分をとても小さく感じていたのです。分かりますか? 言っていること。

 Söylemek istediğim şey vardı, iletmek istediğim duygum da vardı ama söyleyemedim, iletemedim. Mesela okulda bir şey hakkında tartışırken fikrim vardı ama Japonca olarak düşündüğüm için anlatamadım fikrimi. Kafada Japonca olarak düşünüp ağızda Türkçe olarak konuşmak zor yani... Bazen beni yanlış anlayan da vardı. Ama benim yüzünmden, kötü Türkçemin yüzünden. Öyle olunca bir söz söylemekten korkar oldum.
 言いたいことはあったし、伝えたい気持ちもあったけれど、話せなかった。伝えられなかった。たとえば、学校で何かについて話しているとき、わたしなりの考えはあったけれど日本語で考えていたから説明できなかった。頭では日本語で考え、口ではトルコ語を話すって難しい。ときには、わたしを誤解する人もいたし。でも、わたしのせい、ひどいトルコ語のせい。そうするとひと言話すのも怖くなった。

 Şimdi de o kadar doğru güzel Türkçe konuşamıyorum da neyse konuşuyorum. Bazıları beni anlayamıyorlar ama tekrar tekrar anlatarsam anlayabilir.
 Yeni arkadaşım da eminim yakın ilerde daha güzel konuşacak. Ben biliyorum. O, burada 1 yıl boyunca, gelecek Mayısa kadar çalışacakmış, ben de onu desteklemek istiyorum. Onu desteklemek, 2 sene önceki beni desteklemektir sanki.
 いまもそれほど正しくうまくトルコ語を喋れるわけじゃないけど、とにかく喋っています。何人かはわたしの言うことを理解できないけど、何度も何度も言えば分かってくれる。
 新しい友だちも、きっと近い将来もっとうまく喋るようになるはず。分かります。彼女はここで1年間、来年の3月まで勉強するそう。わたしも彼女を応援したいです。彼女を応援するってことは、2年前のわたしを応援するってことだもの。

 Neyse yeni arkadaşımcığım, bana önceki benim duygumu hatırlattığın için teşekkür ediyorum. Ne kadar Türkçeyi öğrenmek istediğimi, özendiğimi iyice hatırladım. Şimdiki de önceki gibi çaba göstererek öğreneyim.
 とにかく、新しい友だちさん、わたしに前のときのわたしの気持ちを思い出させてくれて、ありがとう。どれほどトルコ語が学びたいと思っていたか、どれほど力を入れていたか思い出しました。今回も、前と同様がんばって学びます!

2009-05-22

Birbirlerimize benzeyen bir kısım / 私たちが互いに似ているある部分

2009.05.22

 Bugün arkadaşımın okuluna - Gazi Üniversitesi'ne - gittim.
 Önce onun hocalarından biriyle tanıştık, sonra kütüphanede yapılan bir sergiye gittik. Sergide Türk kültürü, mesela kına gecesinin elbiseleri, eskiden Türkiye'de kullanılmış sofra takımları, eski oyunları, Karagöz falan filan... Türkiye'nin çok şeyi anlatılıyordu orada. Ve şöyle şeyleri de buldum.
 きょうは、友だちの学校 〜ガーズィ大学〜 へ行ってきました。
 まず、彼女の先生のひとりにご挨拶。そのあと大学図書館に行なわれていた展示を見ました。展示では、トルコの文化、たとえばクナ・ゲジェシ(結婚式の前に花嫁のお家で行なわれるパーティー)の衣装とか、昔トルコで使われいた食器、古い遊び、カラギョズなどなど、そこではトルコのたくさんのものが説明されていました。

 En merak ettiğim şeylerin biri, ''Dilek Ağacı'' idi. Japonya'nın Şinto tapnaklarında da görülen ağrçtir bu, ne dersiniz? Yani biz de Şinto tapnağında OMIKUJI adlı bir fal kağıdına bakıyoruz. Ve sonra ağaçlara ya da tapnaktaki bir yere takıyoruz fal kağıdını. Tam olarak aynı şekildedir bu ağaç.
 Dilek Ağacı'nın tanıtımda şöyle yazılıyor.
 Şamannik inanç sisteminde, diğer tabiat varlıkları gibi ağaçlar da kutsal ruhlara sahiptir. Kutsallığına inanılan ağaç, insanoğlunun dileklerini göğe yani gök tanrıya ulaştırmasında bir aracı olarak kabul edilmiştir. Anadolu'da sıklıkla rastlanan ağaca bez bağlayarak dilek dileme pratiğinin temelindeki bu mit hatırlanmasa da pratik yaşatılmaktadır.
 一番わたしの興味を引いたもののひとつは〈願いの木〉でした。これは、日本の神社でも見られる木です。そう思いませんか? つまり、わたしたちも神社でおみくじという占いの紙を引きます。そして、そのあと木や神社のある場所へくくり付けます、おみくじを。この木は、まさしく同じカタチです。
 〈願いの木〉の紹介文にはこんなふうに書かれています。
 シャーマニズム(自然信仰)においては、他の自然存在と同じく〈木〉にもまた神聖な魂が宿るとされる。その神聖さが信じられている〈木〉は、人間の願いを空へ、つまり空の神様へ届ける媒介と信じられた。アナトリアにおいて非常によく見られる木に布をくくり付け、願いを願うという行動の基本にあるこの神話は、思い出されずとも行為は続けられている。

 İşte bak, çok benziyor Japon Şinto tapnaklarında görülen hareketlere, değil mi?
 ほらね、とても似ているでしょう? 日本の神社で見られる行為に。


 Diğeri, ''12 Hayvanlı Türk Takvimi''dir. 12 Hayvanlı derse mutlaka ''Aaa Japonya ile aynı'' diye düşünürsünüz.
 Tanıtıma göre bu, Göktürk, yani 6-8 yüzyıllarda Moğolistan ve Orta Asya'da yaşamış eski bir Türk ulusu ve bu ulustan olan kimse tarafından inanılan bir şeymiş.
 Evet, biz Asyada bağlanıyoruz birbirlerimize sanki. Şimdi bu takvim kullanılmıyormış da yeniden biz aynı kökten gelmiştik diye hissettim.
 もうひとつは、〈12の動物によるトルコの暦〉です。12の動物による、と言えばきっと「あぁ、日本と同じだ」と考えるでしょう。説明文によると、これはギョクトゥルク、つまり6〜8世紀においてモンゴルや中央アジアにいたテュルク国家(おそらく突厥のこと)、またその国家に住んでいた者によって信じられていたものらしいです。
 そう、わたしたちはお互いアジアで繋がっているようです。いま、この暦は使われていないようですが改めて同じ根っこを持っているのだと感じました。
 ※あ、でもこの暦で、龍は魚、亥は豚のようです。

2009-05-21

問題発生!/Sorun çıktı!!

2009.05.22

 きょうはホームステイを受け入れているお家を見に行ってきました。ちょうどコジャテペ・ジャーミー(写真)のそばで、なかなかステキなお家。いっしょに行った人に言わせると「まぁ、普通。トルコの中流の中のお家」だそうですが、わたしの目から見れば十分に豊かそうに見えました。

 もともと、今回の語学滞土ではトルコ語上達のために、可能ならホームステイを……と考えていたのですが、家族といっしょに住むのは難しいよ、とも言われたりして迷っていました。まだ思案中ですが、1ヶ月朝食+夕食付きで350ユーロ(日本円だと48000円くらい? でもトルコリラにすると720TLくらいになるので、高く感じる)。トルコ人に言わせると「それでも高い」そうですが、学校にも歩いて15分くらいだし、悪くないかなーと思っています。

 とりあえず、1週間くらいで返事します、と帰ってきましたが、さてどうでしょう? トルコ人といっしょの方がトルコのことがいろいろ見えて来るかも……とも思うし、一方でうざくなったらどうしよう? という不安も。ブログ的にはネタに困らないかもしれませんが・笑。

 で、問題発生! ダイレ(アパート)に帰ってきてみると、なんとインターネットが繋がらないっ!!! 今朝までずーっと大丈夫だったのに、留守のあいだにわたしが接続していたところが要パスワードに変わってました。むむむ、勝手に繋げていたのがバレたか? いやー、困りました。ここにきて6日目、これまで問題なく繋がっていたのに、問題が解決しなければ、パソコンを持って喫茶店通いです(ネットカフェだと、日本語入力ができなかったりするし)。

 というわけで、きょうのブログは喫茶店からアップしました・泣。
 あぁ〜、明日からどうしようぉぉぉぉぉ!

Ankara'da Japon gecesi / アンカラで日本の夜

2009.05.21

 Dün akşam aniden çok keyifli Japon gecesi oldu. İstanbul'dan Japon arkadaşımın geldiği için vakit bulursak bir yerde buluşalım dedik te onun arkadaşları, birisi Japonya'da oturuyor, diğeri burda, da gelir oldular, hep beraber akşam yemeğe çıktık.
 昨夜は突如として、ステキな日本の夜になりました。イスタンブルから日本人の友だちが来たので時間があればどこかで会いましょうと言っていたのですが、彼の友だち〜ひとりは日本在住、もう一人はここで〜も来ることになり、みんなでいっしょにディナーと相成りました。

 Nereye çıktık? Evet, Kızılay, Bayındır Sokak'ta bulunan Göksu Restoran'a, burda oturan bizi götürdü. Çok lüks ve şik bir restoran olduğu için biraz şaşırdım (öyle güzel bir yere gitmiyorum ki genelde...). Ama gerçekten muhteşem bir restoran idi. Hem servis hem de yemekler bayağı güzeldi. Yediğimiz yemekler hepsi ağızmıza layıktı... Önce kızarmış ekmekle buzlu tereyağını iklam ettiler. Sonra İşkembe sote, sarımsaklı fasulye sote (en beğendim bunu), içli köfte falan filan... en sonda baklava, kemalpaşa ve revani karışık tatıllar (ikram ettiler!! biz rica ettiğimiz için). Yaa ne kadar güzel yemekler!! Çok beğendim, sadece ben değil, herkes.
 どこへ行ったのか? えっと、クズライのバユンドゥル通りにあるギョクス・レストランへ、ここに住む人が連れて行ってくれました。とても贅沢で粋な感じのレストランだったので、ちょっとビックリしましたが(そんな良い場所にいかないもの、普通……)、本当に素晴らしいレストランでした。サービスも料理も二重丸。食べた料理すべてがおいしかった♪ はじめにクザルムシュ・エキメッキ(クッキーみたいになったパン)と氷に載せたテレヤー(バター)がサービスされ、そのあとイシケンベのソテー(牛の胃のソテー)、ガーリックたっぷりの豆のソテー(一番気に入った♪)、イチリ・キョフテ(挽肉をピロシキの皮で包んだようなもの)など、そして最後にバクラヴァとケマルパシャ(カステラのシロップ漬けのようなお菓子)、レヴァニ(セモリナ粉で作ったケーキ)の盛り合わせ(これもサービスしてくれた!! お願いしたから)。なんともまぁ、素晴らしいご馳走で、めちゃめちゃハマりました。わたしだけでなく、みんな。

 Eve döndüktan sonra ''Göksu Restoran''ı internette araştırdım, yaa gerçekten burda oturanlaın beğenisini kazanmış bir mekanmiş. Herkes diyor ki, ''Halep işi adı altında hayatın anlamını sunan mekan'' ''uzun zamandır yemediğim kadar keyifli bir yemek yememi sağlayan güzel bir lokanta.'' ''Hala 70lerde olunduğu hissini veren dekorasyonu ve harika yemekleriyle istanbul'da olsaydı keşke dedirten lokanta.'' Ve sufle de meşhurmuş burda. Biz yemedik eğer bir daha gidersem mutlaka alayım sufleyi. Yani şimdi çalışmıyorum, öğrenciyim burda. Bu yüzden sık sık oraya gidemem de tekrar gitmek istiyorum, gitmeyi diliyorum...
 家に帰ったあと〈ギョクス・レストラン〉をインターネットで調べたら、本当にここに住む人たちに愛されている場所のようでした。みんな書いています。「アレッポ料理の名のもの、人生の喜びを供してくれる場所」「長い間食べたことがないと言えるほど素晴らしい料理を食べさせてくれるレストラン」「いまだ70年代にいるかのような雰囲気を醸す内装と、素晴らしい料理で、イスタンブルにあれば……と言わせ得るレストラン」と。それとスフレも有名みたい。わたしたちは食べなかったけれど、もしもう一度行けたらゼッタイ食べるぞ、スフレ。まぁ、いまは働いていないし、ここじゃ学生なわけだから、頻繁に行けるわけじゃないけれど、もう1回行ってみたい。そう願っています。

 すみません、思い切り料理の話を書いておきながら、まったく料理の写真を撮っていませんでした(料理と会話に夢中で)。
 Kusura bakmayın sayın okurlar, yemek hakkında yazdım da hiç fotoğraf çekmedim (yemeğe ve sohbete bayıldığım için)

2009-05-19

Cep telefonunu aldım / 携帯買いました〜♪

2009.05.19

 Bugün 19 Mayıs, Türkiye'de ''Atatürk'ü Anma, Gençlik ve Spor Bayramı'' adlı tatildir. Niye Atatürk'ü Anma oldu? Zira 19 Mayıs 1919 yılında Atatürk'ün Samson'a doğru vapur ile çıktığı nedeniyle Kurtuluş Savaşı başladığı gün olarak kabul edilmiştir. Ve bu anı Türkiye'nin geleceğinin lider olan gençlere armağan edilmiştir.
 きょうは5月19日(オン・ドクズ・マユス)は、トルコで「アタチュルク記念と青少年とスポーツの日」という祭日です。どうしてアタチュルク記念になったのか? というのも1919年の5月19日にアタチュルクがサムソンに向けて船を出したことから救国戦争が始まった日とされていて(戦争を始めたわけではなく、救国のために立ち上がったという意味)、その記念日がトルコの未来を背負う若者たちに送られたのだとか。
 ※写真:マンションなどでも、トルコ国旗を出している家がいっぱい。

 Öyle tatil günde ben Japonya'da tanıştığım Türk öğrencisinin arkadaşıyla buluştuk. O, Türkçe öğretmeni olacak, bu sene üniversiteden mezun olacak. Sınavı geçirse yüksek lisansa girer. Bu yüzden benim Türkçe öğretmeni olabilir diye arkadaşım onu tanıttı bana.
 そんな祭日に、わたしは日本で知り合ったトルコ人の大学生のお友達に出会いました。彼女はトルコ語の先生になる人で、今年大学卒業。試験に受かれば修士号取得のための勉強に入るそう。というわけで、わたしのトルコ語の助けになるのでは? と紹介してもらった次第です。

 Ama bugün cep telefon almak için bana yardım etti. Önceden Türkler de cep telefonu çok pahalı dediler, ben de sokakta gördüğüm kadarıyla ucuzsa 500 - 600 TL, pahalıysa 1500TL diye yazılıyordu ki ne kadar pahalı olduğunu düşünüyordum.
 Ama yanlış anlamıştım, sadece bilmedim.
 でも、きょうは携帯電話を買うのに付き合ってもらいました。以前から、トルコの子たちも「携帯電話が高い」と言っていたし、わたしも街で見かけた限り安くても500〜600TL(2年前のレートだと4万5000〜5万4000円/いまのレートだと3万〜3万6000円)、高いと1500TL(昔のレートで13万5000円/いまのレートで9万円)と書いてあったりしたので、なんて携帯の高い国だ! と思い込んでいました。
 ……が、間違いでした。わたしが知らないだけでした。

 Bu kez Türkiye'de cep telefonunu almak için bilgiler almaya çalıştım. Gelmeden önce arkadaşımdan ikinci el olursa ucuz olduğunu öğrendim. Ve dün de tanıştığım insanlar ''ikinci el olursa 65TL, ve kontrollü hat alabilirsin'' dediler.
 Evet, doğru dediler. Bugün dükkanlarda ikinci el değil de eski model olursa ücreti 60TLden. Ben kamera ya da radyo özellikleri istemedim sadece telefon olarak kullanabilersem iyi olur. Bu yüzden Nokia'nın bir basit modelini aldım (65TL idi, Japon yen olarak yaklaşık 4000 yen idi).
 今回はトルコで携帯を手に入れるつもりで、いろいろ情報を仕入れていたのですが、来る前から中古なら安いと聞いていました。きのうの博物館のパーティーでも知り合った人たちに聞くと「中古なら65TL、それにコントロルル・ハト(プリペイド式のカード)で30TLくらいよ」とのこと。
 本当でした。実際に行ってみると、中古でなくても古いモデルなら60TL〜でありました。わたしはカメラやラジオなどの機能はいらないし、ただ電話として使えればいいので、ノキアのシンプル携帯を購入(65TL/現在のレートで約4000円)。

 Önceki kaldığımda sadece pahalı telefon, yani yepyeni modellere bakmıştım ve Japonya'ya döndüktan sonra ''Türkiye'de cep telefonu çok pahalıydı'' dedim de yanlış anlamıştım. Tam o zamanda Japonya'da da cep telefonunun sistemi değişti ve telefonlar çok pahalı oldu. Şimdi cep telefonunun piyasasına bakınca Türkiye'nin sistemi daha mantıklı gibi gözüküyor. Yani Japonya'daysa eski modeller satılmıyor, istese de alamıyoruz. Aaa... Japonya'da da Türkiye'de gibi eski modelleri satılsaydı.
 前にトルコに滞在した折、高い携帯(つまり最新モデル)ばかりを見ていて、日本に帰ってからも「トルコは携帯が高いんだよー」と言ってましたが、間違っていました。ちょうど日本に帰った頃に日本でも携帯の料金システムが変わり、端末もすごく高くなってしまいましたが、こうして見るとトルコの方が良いかも。古いモデルが安く売られているわけだから。日本だと、古いモデルってなくなってしまって、買いたくても買えないですもんね。あーあ、日本でも、トルコみたいに古いモデルが売られてたら良かったのに。
 ※写真:全然関係ないけど、昨日買ったパン。これだけの大きさで0.9TL(約55円なり)

 Neyse cep telefonum var şimdi :) Hayatım daha kolaylaşır bundan sonra... Çoook teşekkürler Neslihan!!
 とにかく、いまは携帯電話があります。これで毎日はもっと簡単になる。本当にありがとうね〜、ネスリハン!(←これは、きょうわたしを手伝ってくれた友だちの名前です)

Türkiye'deki ikinci gün / トルコ2日目

 Bugün (yani artık bugün değil yarın - 19 mayıs oldu) önceki Türkiye'ye geldiğimde çok iyi sınıf arkadaşı olan kızla buluştuk. 2 senedir hiç görüşemedik de kucaklaşarak selamlayınca hemen 2 yıl önceki gibi olduk, kaynatmaya başladık. Yaa arkadaş böyle, değil mi? 2 yıl falan hoplayıp dün de konuştığımız gibi konuşabilir. Çok mutlu oldum. Ben Japonya'dan ona Yatsuhaşi ve Japon ufak yemeklerini getirdim de o da bana gül çiçek demetini getirdi. Şimdi evde mis gibi kokusu var. Bundan da çok mutluyum. :)
 きょうは(ええと、もう今日じゃなくて明日ー5月19日になちゃったけど)前にトルコに来たときに、すごく仲の良かった級友と出会いました。2年間まったく会えなかったのに、抱き合って挨拶したらすぐに2年前に戻ったみたい、おしゃべりに花が咲きました。そう、友だちってこうですよね。2年間なんて飛び越えて、昨日会ったみたいに話せる。とても幸せな気分でした。日本から彼女に八つ橋と日本のお菓子を持って行ったのだけど、彼女もわたしにバラの花束を持ってきていて。いま、家ではステキな香りが漂っています。これも嬉しかったなー。(^▼^)

 Sonra eve döndüm, başka arkadaşlarımı aradım da ulaşamadım, ve 1 buçuk önce Kyoto'da tanıştığım bir adamı aradım. O, şimdi Anadolu Medeniyetleri Müzesi'nin müdürü olmuş ve beni çağırdı. Bugünden Müzeler Haftası başlamış orada da parti yapıyorlarmış. Ben de onlara katılıp beraber yemek yiyerek onun iş arkadaşları ile tanıştık. Çoooook eğlenceliydi. Ne kadar güzel gece... Hava da güneş battıktan sonra iyice serinleşti, müzenin bahçede (fotoğrafta görünen bahçede) rahatça oturarak akşam 11.30a kadar sofbet ettik. (Şimdi Türkçeyi önceden iyi anlıyorumki çok eğlenceliydi.)
 そのあと、家に帰って、別の友だちに電話を描けたけどつかまらず。さらに1年半前に京都で知り合ったおじさんに電話をかけました。彼はいま、アナトリア文明博物館のマネージャーになったみたいで、わたしを誘ってくれたのです。きょうから博物館週間が始まったそうで、同博物館でも夜のパーティーが開催されていました。わたしも彼らに混じっていっしょに食事をし、同僚の方たちを紹介していただきました。めちゃ楽しかった! なんとステキな夜だったことか! 太陽が沈んでいい感じに涼しくなって、博物館の庭でのんびり座って夜11時半までおしゃべりを楽しみました(トルコ語が分かると、やっぱり楽しいっ!)。※写真は座っていた博物館の庭と、今夜ろうそくの明かりで彩られた博物館の池

 Çok şanslıyım. Burada arkadaşlarım herkes beni eğlendiriyor, bana yardım edeyim diyorlar. Öyle sıcakkanlı insanların arasında oturuyorum. Yarın da bir arkadaşım (doğrusu tanıdığımın arkadaşı) bana yardım eder cep telefonunu almak için... Bu kadar naziklik olur mu? Ben de ilerde arkadaşlarıma öyle davranmak istiyorum. Aldığım sevecenliği bende vereyim bundan sonra. Evet, bu benim Türkiye'yi sevdiğim nedendir. Onlarla beraber olursam her zaman benim de iyi bir insan olabileceğimi hissediyorum. Teşekkürler Türkiye!! Ben burda mutlaka iyi çalışarım.
 わたしってラッキーです。ここでは友だちみんながわたしを楽しませてくれる。わたしを手助けするよと言ってくれる。こんなに温かい人たちに囲まれているのです。明日も、友だちのひとり(というか、実際は知り合いの友だち)が携帯電話を買うのを手伝ってくれます。こんなに親切で、いいのか? わたしも、将来友だちたちに対して、こんなふうに接したい。わたしがもらった思いやりを、わたしも誰かにあげたいと思う、これから。そう、これこそわたしがトルコが好きな理由。彼らといっしょにいるといつも、わたしも良い人になれると感じられる。ありがとう!トルコ。ここでぜったい頑張るぞっ!

2009-05-17

Türkiye'ye geldim / トルコ到着!

090517

 今朝5時45分頃、無事イスタンブルに到着。関空で知り合った日本人女性といっしょに国内線へ移動しました。機中、インフルエンザの徴候調査書のようなものに記入したので、空港も厳戒態勢か? と思いきや、すんなり通過(日本で風邪を引いたまま向かったのにお咎めなしでした)。

 知り合った彼女は、アジア〜中東を放浪し、現在トルコに滞在中という友人とギョレメのホテルで落ち合うとのことで一路カイセリへ。到着直後、トルコリラを持っていたわたしが彼女に水を1本買ったら、両替所で日本円をトルコリラに買えた彼女が、さっきの代金を支払うと言い出して結局小銭をもらうことになったのだけど、あとで気づいたら余計にもらってました。もし、これを読んでいたらゴメン! 25クルシュと思っていたのは1リラでした。ゴメン、ゴメン、ゴメン。いきなり、わたしがボッてしまいました。(>_<);

 そんな彼女を見送ったあと、空港内のお店で「ウルスラララス・テレフォン・カルドゥ・バル・ム?(国際テレホンカードはありますか)」と、正しいのか正しくないのか分からないトルコ語でテレカをゲットし、家族に電話しました。……が、つながらない。何回やってもつながらない。再び、お店に戻って「アラムヨルム……(かけられないよ)」と泣きを入れると、すぐさま「00押した?」と店主の兄さん。あぁ、そうか、日本に掛けるときは「81」じゃなくて「0081」で始めないといけなかったのねー(←完全に舞い上がっています)。

 無事、親にも連絡し、アンカラへと飛んだ後はハバシュに乗ってウルス・オトガルまで渋滞もなくスムーズに移動。その後、友人に電話をして、滞在することになっているアパートで待ち合わせました。
 で、滞在初日から1人暮らしをスタートすることができました。きょうは友人宅で晩ご飯もご馳走になって上げ膳据え膳の極楽♪ お世話になりっぱなしだけど、明日から徐々にエンジンをかけ始めないとっ!

 まずは、無事到着し、アンカラ生活がスタートしたので、そのご報告まで。
 Uさん、本当にごめんね。お金ボッちゃった。出会える機会があれば返します、ぜったい。許してねー。

 写真は、トルコに来てから買ったものたち。まずはテレホンカード(右下)、左から水とチャムルジャというソーダ、電圧調整付きのコンセントタップ。132TLくらいあったはずなのに、もう30TLくらいしか残っていないー!

2009-05-16

Bugün uçuyorum, Türkiye'ye / 出発の日

2009.05.16

 Nihayet Türkiye'ye gidiyorum bugün. Çooook heyecanlıyım.

 Merak ettiğim bir şey, soğuk almıştığımı. Ateşim yok ama öküşürüyorum durmadan. Ve burnum da akıyor... Nazar değmiş sanki. ...Yok yok çevirimde hiç öyle bir insan yok. Sadece biraz yorulmuşum hazırlamaya çalıştığım için.

 Bu kez de çok arkadaşlarım, tanıdıklarım bana yardım ettiler. Onlardan cesaret aldım gerçekten. Türkiye'deki arkadaşlarım da herkes bana ''her zaman yardım edeyim'' diyorlar, ne mutlu öyle söyleneme!! Burda herkese teşekkür ediyorum diyorum. Ve hedfimi mutlaka gerçekleşeyim!! Bakın bana!!

 とうとう、トルコへ旅立ちます、きょう。めちゃくちゃ興奮しています。

 心配しているただひとつのことは、風邪を引いてしまったということ。熱はないけれど、ずっと咳が出るし、洟も出る……。妬みの目にやられたのか? なーんて、そんなことはない。まわりにそんな人は一人もいないもの。ただ、ちょっと疲れてしまったのでしょう、準備で忙しかったから。

 今回も、たくさんの友だち、知り合いがわたしをサポートしてくれました。みんなから元気をもらいました、本当に。トルコの友だちたちもみんな、わたしに「手伝うよ」と言ってくれています。なんと幸せなことか、そんなふうに言ってもらえるなんて! ここで、みんなにありがとう、と言っておきます。そして、目標を達成します! 見ていてくださいね。

2009-05-12

Sürpriz haberler / ニュースにビックリ

2009.05.12

 Bu sabah Radikal Gazetesi'nin web sayfasını görünce hayrete düşürdüm. Baş sayfasında ''Japonya'da politika böyle yapılıyor'' diye Muharefet lideri olan İçiro Ozawa'nın istifa ettiğini yazmışlar...
 今朝、ラディカル紙のウェブページを見てビックリしました。トップページに「日本で、政治はこんなふうに行なわれる」と野党(民主党)のリーダー、小沢一郎が辞任したと書いていました。

 Allahallah Türkiye'de de o kadar büyük haber olarak tanıtırıyorlar çok şaşırdım. (Bana göre, İçiro Ozawa'nın ABD'ye karşı çıktığı için suçlandı. Aslında onun sekreterinin siyasi finansman kanunu suçlu değildi, aynı şey yapan iktidar partisinin politikacılar hiç tutuklanmadılar. Niye??? Hadi bakalım, gelecek genel seçimler, biz vatandaşımız için büyük sınav olacak!!)
 ありゃー!? トルコでもそれほど大きなニュースとして紹介されているなんて、めちゃ驚き。(わたしは、小沢一郎はアメリカに反抗したために糾弾されたのだと思っています。実際、彼の秘書の政治資金運用法は間違っていない。同じことをしている与党の議員たちは、まったく捕まえられていないし。なんで? まぁ、見てみましょう。次の総選挙は、わたしたち国民にとって大きな試験になります)


 Ve bir sonraki haber de sürpriz oldu.
 そして、その次のニュースもビックリでした。
 
 ''Kırkpınar Başpehlivanı Recep Kara Japon Sumo güreşçilerine meydan okudu.''
 「クルクプナルの総合チャンピオン、レジェップ・カラが日本の相撲レスラーに挑戦状を叩き付けた」

 Ne diyorsunuz???
 Tamam, anlıyorum şimdiye kadar ata sporu olan Kırkpınar Yağlı Güreşleri'ni yeterince tanıtamadığınızı ama niye sumo güreşcileriyle maç yapmak istiyorsunuz???
 何???
 いや、分かりますよ、これまで伝統スポーツのクルクプナル・オイル・レスリングが充分に宣伝できなかったということは。でも、どうして相撲レスラーと試合をしたいと思うの?

 Ben Kırkpınar Yağlı Güreşleri'ne saygı gösteriyorum. Çok önemli geleneksel spordur. 648 yıldır süren spor, sanırım KYG (Kırkpınar Yağlı Güreşleri)'nden başka hiçbir şey yok. Ben şimdiye kadar hiçbir kez izleyemedim KYG'ni de bir gün mutlaka görmek istiyorum. Ama pehlivanlarla Sumo güreşçileri'nin maçları asla izlemek istemiyorum. Çünkü KYG ve Sumo, ikisi de geleneksel spor ve kökü galiba aynı da hem kuralları farklı hem de sporcuların vucut yapıları farklı.
 クルクプナル・オイル・レスリングはリスペクトしてますよ。とても大切な伝統的なスポーツだもの。648年ものあいだ続くスポーツなんて、思うにクルクプナル以外にはないでしょう。わたしは、これまでクルクプナルを見たことがないけれど、いつか、ぜったいに見たいと思っています。けれど、クルクプナルのチャンピオンたちと、相撲の関取たちの試合なんて、まったく見たくありません。だって、クルクプナルと相撲は、ともに伝統的なスポーツで、ルーツは同じかもしれないけれど、ルールも違うし、競技者の体の作りだって違うんだから。

 Başka daha iyi fikrinizi yok muydu KYG'ni tanıtmak için...?
 他に、もっと良いアイデアはなかったのでしょうか? クルクプナル宣伝のために。


 Sanırım, Sayın Recep Kara, sadece Edirne Vadisinin önerisine cevap vermiş. Yani gerçekten öyle düşündüğüne inanmak istemiyorum. Üstelik eğer KYG'nde KYG'nin kurallarında Sumo güreşçini yenerseniz ne fayda var? Hiçbir şey olamadığnı biliyor ya Sayın Recep Kara ise... değil mi?
 きっと、レジェップ・カラ氏は、ただエディルネ県知事の提案に応えただけで、本当にそんなふうに思っていたとは信じたくありません。それに、もしクルクプナルで、そのルールで相撲の関取を負かしたとして、どんな効果があると? 何にもないって、知っているでしょう、レジェップ・カラ氏も。


 Evet, şaka yaptılar, öyle öyle... öyel olmalı. Biraz fazla ciddiye almışım...
 いや冗談ですよね。そうそう、そうに違いない。ちょっと真面目に取りすぎました、わたし。;-)

2009-05-11

Tsugaru Boğazının Kış Manzarası / 津軽海峡冬景色

2009.05.11

 Ben Japon şarkılarından bir türü olan ''Enka - 演歌'', mutlaka Türkler tarafından sevilir diye düşünüyorum. Çünkü ''Enka''da hüzün var. Yüreğimiz titrer ''Enka'' dinleyince.
 Öyle ''Enka'' şarkılarından biri, ''Tsugaru Kaikyoğ Fuyugeşiki - Tsugaru Boğazının kış manzarası''yı besteleyen Takaşi Miki, bugün vefat etmiş. Hala 64 yaşındaymış. ...Üzgünüm. Ama onun bestelediği mükemmel şarkılar gelecekte de kalır kesinlikle.
 日本の歌のジャンルのひとつ・演歌は、きっとトルコ人に愛されると思っています。というのも、演歌には憂愁があるから。わたしたちの心は揺さぶられます、演歌を聴くと。
 そんな演歌の歌のひとつ『津軽海峡冬景色』を作曲した三木たかし氏が、きょう逝去されました。まだ64歳でした。残念です。でも、彼の作曲した素晴らしい歌は、これからも残ります、きっと。

 Tsugaru Kaikyoğ Fuyugeşiki - şarkıcı; Sayuri İşikawa
 ↑ Bunu tıklarsanız dileyebilirsiniz.

 Şarkı sözü;
 上野発の夜行列車 降りたときから
 青森駅は 雪の中
 北へ帰る人の群れは 誰も無口で
 海鳴りだけを 聞いている
 わたしもひとり 連絡船に乗り
 凍えそうな カモメ見つめ 泣いていました
 ああ 津軽海峡冬景色

 Ueno'dan yola çıkan gece treninden inince
 Aomori istasyonu, kar içindeydi.
 Kuzeye giden kalabalıkta hiç kimse konuşmuyordu
 Sadece denizin sesini dinliyordum
 Ben de yalnız gemiye binip
 Donduracakmış gibi martılara bakarak sızıyordum
 Aaa Tsugaru boğazının kış manzarası

 ごらんあれが竜飛岬 北のはずれと
 見知らぬ人が 指を指す
 息で曇る窓のガラス ふいてみたけど
 はるかにかすみ 見えるだけ
 さよならあなた わたしは帰ります
 風の音が 胸を揺する 泣けとばかりに
 ああ 津軽海峡冬景色

 Hadi bak Tappi burununa, Kuzeyin kenari diye
 Tanımadık arkadaşına söylüyor
 Sıcak havala kapanan pencere camını sildim de
 O burunu uzakta belirsizdi
 Hoşça kal aşkım, ben gidiyorum
 Rüzgarın sesi yüreğimi titriyor ağlasana diye
 Aaa Tsugaru boğazının kış manzarası


 Bu arada şimdi şarkıda söylenen gemi yok oldu. Bu geminin adı, ''Seikan Renraku-sen'' idi ve Aomori ve Hokkaidoğ'nun Hakodate'yi bağladı ama tünel yapıldıktan sonra son verildi.
 Şarkı videoda şarkıcı o geminin önünde şarkı söylüyor.
 ところで現在、歌に歌われている船はなくなりました。この船の名前は「青函連絡船」で、青森と北海道の函館を結んでいましたが、トンネルが作られた後、廃止されました。
 ビデオで、歌手はその船の前で歌っています。


 Bu şarkı da Takaşi Miki tarafından bestelenmiş.
 ''Tsugunai - Telafi''
 この歌も、三木たかし氏の作曲です。

2009-05-03

Utanç / 仏陀は恥辱のあまり崩れ落ちた

2009.05.04

 Japonya'da Nisanın 29u'ndan Mayısın 5'ine kadar ''Altın Hafta'' veya ''Büyük sıra tatil'' denilen tatildir. Nisanın 29u, Midori-no-hi (Yeşil günü; eski Japon İmparatorunun doğum günü), Mayısın 3ü, Kenpoğ Kinenbi (Anayasa günü), ve 5i, Çocuk Bayramı. Bu yüzden Nisanın 29u 'ndan Mayısın 5'ine kadar (bu neseki 6sına kadar) yaklaşık 1 hafta tatil olur.
 日本では、4月29日〜5月5日まで“ゴールデン・ウィーク”あるいは“大型連休”と言われる休暇です。4月29日はみどりの日(前の天皇誕生日)、5月3日は憲法記念日、そして5日は子どもの日。このため、4月29日〜5月5日まで(今年は6日まで)約1週間、休みになります。

 Bu sene arabaya ETC (Electronic Toll Collection System/Elektronik Ücret Toplama Sistem)'e ait kartını koyulursa karayolu ücreti 1000 yen olduğu için arabayla tatile çıkanlar çok (Tokyo ve Osaka'nın karayolu, bu sistemin dişında tutulur da).
 今年は、車にETCに関するカードを設置すると、高速道路の料金が1000円になるため、車で休暇に出かける人が多いです(東京と大阪の高速道路は、この制度の適用外なのだけど)。

 Bense hiçbir yere gitmeyerek evde rahat rahat oturuyorum. Sadece geçen cumartesi günü, arkadaşımla beraber sinemaya gittik. Filmin adı, ''Kodomo no joğkei / İngilizce adı; BUDDHA COLLAPSED OUT OF SHAME''dir.
 わたしはと言えば、どこにも行かずに家でのんびりと過ごしています。ただ先週の土曜日に友だちと映画に行きました。映画のタイトルは『子供の情景/英題:仏陀は恥辱のあまり崩れ落ちた』です。


 Çok etkileyici bir film idi.
 Japonya'da bu filmin ilanında şöyle yazılmış; Çocuklar, yetişkinlerin kurdukları dünyada yaşıyor. Yani çocuklar, seçemezler. Nerede doğacaklarını, hangi ve nasıl ülkede yaşayacaklarını seçemezler. Hepsini kabul edip yaşamaları lazım. Daha küçük oldukları için, yalnız yaşayamadıkları için, ne olursa olsun doğdukları yerde yaşamalılar.
 とても印象的な映画でした。
 日本では、この映画のチラシにこんなふうに書いてありました。「子供たちは、大人の作った世界で生きている」。つまり、子供たちは選べない。どこで生まれるかを、どの、どんな国で暮らすかを選べない。すべてを受け入れ、生きていかなければならない。まだ小さいから、一人で生きていくことができないから、何があろうと生まれた場所で生きなくてはならない。

 Dünya haksızdır. Onlara acıma duygusunu göstermek kolaydır. ''Ne kadar zavarlı çocuklar, Allah sizlerden razı olsun!!'' demek kolaydır. Evet, ben onlar için ne yapabilirim? Para göndersem iyi mi? O kıza bir defteri göndersem o, mutlu olacak mı?
 Yapabilecek şey, onları unutmamaktır, onlara ilgilenmektir bence. Eğer para göndersem sadece geçici olarak mutlu edebilir onu. Ama o kız gibi çocuklar çok. Galiba çoğalıyor. Sadece Afganistan'da değil, dünyada.
 世界は不公平です。彼らに同情を示すことは簡単です。「なんて可哀想な子供たち。彼らに神のご加護を」と言うことは簡単です。では、わたしは彼らのために何ができるでしょう? お金を送れば良いのでしょうか? あの少女に、ノートを送れば彼女は幸せになるでしょうか?
 できることは、彼らを忘れないことです。彼らに関心をもつことだと思います。たとえお金を送ってもただ一時的に幸せにするだけです。でも、彼女のような子供たちはたくさんいるのです。おそらく増えている。アフガニスタンだけでなく、世界で。

 Bu filmden aldığım mesajı unutmayayım. Çocuklar, bizim kurduğu dünyada yaşıyorlar. Daha iyi durumda yaşabilecekleri için sorumlu olduğumu unutamayayım.
 この映画から受け取ったメッセージを忘れません。子供たちは、わたしたちが作った世界で生きているのです。もっと良い世界で生きられるように責任があることを忘れません。

 Türkiye'de de bu film vizyona çıkmış. Haziran 2008'de gösterilmiş ''Utanç - Le Cahier'' adlı film olarak.
 Film izlemesi için tıklayın.
 Filminde kız şöyle diyor. ''Savaş oynama oynamayı istemiyorum.''
 Ve onun arkadaşı tarafından söylenilen bir cümle, hala kafamda kalıyor. ''Ancak ölürsen özgür olursun!''. Bu cümle Japoncaya şöyle çevirilmiş. ''Özgür olmak istersen öl!!'' Serbest olmak için ölmeliyseyiz ne dünya da yaşıyoruz???
 トルコでも、この映画は公開されたようです。2008年6月に『恥辱〜ノート』というタイトルで。
 映画で、少女はこう言います。「戦争ごっこをするのは嫌い」。
 そして、彼女の友だちによって言われた言葉が、耳に残っています。「死んだら自由になれるぞ!」。このセンテンスは、日本語ではこう訳されていました。「自由になりたかったら死ぬんだ!」。自由になるために死ななければならないとしたら、どんな世界なのでしょう?

 Defer varsa okula gidebilirim diye defter almaya çalışan kız, ''Okula gitmek istiyorum'' diyerek yürüyen kız, ümittir. Okula gitmek isteyen tüm çocukların okula gidebilecekleri dünyayı kurmalıyız. Sorumluluk bizde.
 ノートがあれば学校に行けると、ノートを手に入れようとする少女は、「学校に行きたいの」と言いながら歩く少女は、希望です。学校に行きたいすべての子供たちが、学校に行ける世界を作らなければなりません。責任はわたしたちにあります。

 Bu kampanya afişini tıklayın. Sadece tıklarsanız filmin dağıtım acentesi ve sponsorlar yerimize Afganistanlı çocuklara başta olmak üzere Asya ve Afrika ülkesinin çocuklara kitap gönderirler. Bir tıklama bir kitap olacak. (Bir kişi sadece bir kez tıklayabilir.) Kitap, Save the Children adlı NGO aracılığıyla gönderilir. Kampanya, bu film vizyonda olan son güne kadar sürer.
 このキャンペーン・バナーをクリックしてください。クリックするだけで、映画の配給会社とスポンサーが、わたしたちに代わってアフガニスタンの子供たちをはじめ、アジアやアフリカの子供たちに本を送ってくれます。1クリックが本1冊になります(1人1クリックのみ有効)。本は、セーブ・ザ・チルドレンというNGOを通じて送られます。※キャンペーンは映画公開終了まで続きます。