

ギュルさんは1984年以来ずっと自分で劇場を作りたいと考えていました。とはいえ、劇場のような大勢の人を抱える仕事はもちろん、トカットのような田舎で大都市にいるような役者を見つけるのは簡単ではありません。そこで1995年にカラギョズを上演しようと決意したそうです。もともと子ども時代からカラギョズには並々ならぬ興味があり、カラギョズの重要な基礎は習得していたそうで、その後イスタンブルへ行ってカラギョズ芸術の熟練者たち、殊にUnver Oral/ウンヴェル・オラル氏(カラギョズ芸術における大御所)から重要なポイントを学んだのだとか。
トカットに戻るとおじいさんから受け継いだ100年以上続くキョフテ屋の名前を“ハジヴァト”に変え、地下に36人収容の気取らない小劇場を開きました。最初は観客を集めるのに苦労した劇場でしたが、次第に有名になり、いまではいつも満員だそうです。
そんなギュルさんの夢は国にカラギョズ協会を設立してもらうこと。「カラギョズは死ぬ、あるいはもう死んだ」といわれる昨今ですが、ギュルさんはこう言います。「この国にはわたしたちがいます。わたしたちがいる限りカラギョズは死にません」。
「アナドルに芸術はない」という人たちに、また「芸術はイスタンブルから生み出される」と考える人たちに向かって、ギュルさんはいま開催中のUluslararasi Istanbul Kukla Festival/国際イスタンブル人形劇フェスティバルでカラギョズを上演しています。これが終わったらまたトカットに帰って、自身の小さな劇場で地元の人を相手にカラギョズを上演するのでしょう。
わたしはまだ実際にカラギョズを見たことがありません。カラギョズの故郷ブルサにはカラギョズ劇場(夏期のみ上演)があり、いつか行ってみたいと考えていましたが、ギュルさんの経営するキョフテ屋さんの地下にある劇場でも、カラギョズを見せてもらいたいなぁ〜と思うようになりました。こうして草の根でトルコの伝統を守っているのだもの、応援したいぢゃないですか。いつかギュルさんの夢が叶って、カラギョズ・インステュテュートもできるといいなぁ〜♪
なお、この日記のネタもとは 昨日5月7日付けのZAMAN/ザマン紙 です。

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